王太子視点
私は母上の私室に忍び込み、心当たりがある場所にある物を探す。すると簡単に見つけてしまった。透明な色をしているが此れは毒だ。昨日、ナディア嬢に盛られた毒であろう。
私は息を飲み、それをポケットの中へ仕舞い込んだ。
父上も母上も私に興味など無い。私にある価値はずっと王太子という地位だけだと思っていた。
だがそんな私の頭の中でナディア嬢の言葉が蘇る。
『……王太子殿下、私はかけがえのないものが嫌いです。他人は簡単に言う。『これ』がいなきゃ生きていけないとか、『これ』だけが生きる理由だとか、『これ』こそは自分の生まれてきた目的だとか、価値を付ける。なら『これ』が無くなったら自分の価値はなくなるのですか?その人の人生はそれだけだったのですか?……なんともつまらない』
『王太子殿下、貴方はつまらない人間に成り下がるのですか?』
『王太子殿下、毒食わば皿まで……ですよ?』
母上は贅沢品にしか興味が無い。ドレス、宝石、その他の贅沢品……それにしか興味が無いのだ。それで国費を消耗する母上はこの国にとって毒でしか無い。散財を止められた母上は、腹いせにナディア嬢を殺そうとした。たったそれだけの理由で、あの尊い存在を害したのだ。
私は母上の好きな甘いケーキを料理人に作らせ、私も手伝いたいと頼み込み、作る過程で透明な毒を全て混ぜ込みケーキを作り上げた。私が作った甘い毒のケーキ。母上には相応しいだろう。
カナギリ声を上げる母上の私室にノックをして入る。母上はメイドを扇でぶって憂さ晴らしをしていた。
「何、ルネス。あの憎たらしいルイーズから国費で私のドレスや宝石を買う許可は取れたの?」
「すみません、母上。私でもどうしようも無いのです」
「貴女は王太子よ!!何のための地位だと思っているの!?」
母上はギリギリと歯を鳴らし扇を私へ投げつける。私は笑いながら母上へ取り入る。
「母上、今日は母上の好きなアップルケーキです。良かったら私とお茶をしませんか?」
「そうね、丁度小腹が空いてたのよ。いいわ、お茶の準備をして頂戴」
メイド達は素早くお茶の準備をする。遅いと母上からの叱責が恐ろしいから。
お茶の準備が整い、毒味役であるメイドを止める。
「実は此れは私も一緒に作ったんだ。毒味は要らないよ?」
「しかし……」
「心配なら僕が喰べるよ」
私は切り分けられたアップルケーキを口に入れニコリと笑う。それを見た母上はアップルケーキを口に入れて飲み込む、切り分けられたアップルケーキを全て食べた母上は顔色を悪くし、血を吐いて倒れる。私は口の中に入れたままのアップルケーキを母上に吐き捨てる。
「ルネス……貴方……私に……毒を……」
「ええ、母上には毒入りのアップルケーキがお似合いですよ。甘くて美味しかったでしょう?」
「わた、しは、……貴方の、母おや……なのよ……」
「母親?貴女はもう要らないです。私は新しい母親を見つけたので」
メイド達が何が起こったのか理解出来ずに、息を飲み私達を見ている。
「君達、この女がごめんね?でも此処で起きた事は秘密だよ?じゃないと次は君達の番だ」
「は、はい!!」
私は母上だった女の顔を踏みつける。何度も何度も踏みつける。そうか、私……僕はずっとこの女にこうしたかったのか。
僕はナディア嬢……新しいお母様が歌ってくれた歌を口ずさむ。
『
どうして苦しみと哀しみの輪廻は 続くの
どうして哀しみと憎しみの連鎖は 止まらないの
滅び壊れていく記憶が 私に 囁く
逃げる事も 叶わず
哀しみと憎しみに囚われ 苦しみに縛られ
久遠の 夜を彷徨い歩き続けてる
砕け散る世界 静寂に溺れ
逃れられぬ悪夢 私の中を埋め尽くし
惑う心 歪み狂い乱される
狂った時が私を 呪縛し
壊れて 壊して、繋がり 繰り返す 』
事切れた女を踏みつけながら手を広げ、くるくると回り何度も同じ歌を歌う。
今度お母様に会ったら新しい歌を聞かせて貰おう。早くあの温かな手で頭を撫でて欲しい。そしていっぱい褒めてもらうんだ。愛してもらうんだ!!
そうだ、新しいお父様にもちゃんと挨拶しなきゃ。お母様には嫌われたくないから。お母様が大事にするものは僕も大事にしないと、じゃないとお母様に嫌われる。
するとノックの音が聞こえ、新しいお父様の声がする。僕は意気揚々と返事を返す。
「王妃様……これは!?何があった!!」
メイド達は震えながら口を噤む。
「お父様!!僕ね、この国にとって悪い魔女を殺したんだよ。お母様は褒めてくれるかな……?」
「お父様……?お母様……?殿下、どうなされたのです!?」
僕は嗤いながら首を傾げる。
「僕はね、ずっとこの女を殺したかったんだ。それに気づかせてくれたのはお母様なんだよ?」
「まさか……ナディアか……?」
「お母様はきっと褒めてくれる!!僕を愛してくれるはずだ!!だからお父様、あんまり邪魔しないでね?お母様の大事なものは僕も大事にしたいんだ」
僕はクスクスと嗤い、一口だけ毒入りのアップルケーキを食べた。




