15-3
「やった! 倒した!」
と喜んだのもつかの間、彼らの真上から女神像の残骸が落ちてくることに気づく。
「えっ、あっ……」
ユリシーズはどこに向かって逃げるべきか、惑う。女神像の巨体は彼らを完全に覆うほどの大きさがある。
フーゴは女神像と同じく落下の最中で、剣を振ってその巨体を小さくしようと努めたが、落ちながらでは踏ん張りも効かず、また移動もままならず、なかなか難しい。
「ユリシーズ様!」
ケントは咄嗟にユリシーズに手を伸ばして彼の腕を引こうとした。
「ぐっ!」
上から降ってきた瓦礫がケントに当たる。頭に痛みを感じつつ、ケントはそれを堪えてユリシーズの体を引き寄せた。盾を頭上に掲げ、上からの衝撃に備える。そして、盾を掲げてその影にユリシーズを入れながらできるだけ走った。走ってもうこれ以上は避け切れないとなったところでなるべく身を屈めてユリシーズを内に抱き込む。
そして、上からの瓦礫の嵐にじっと耐えた。
「……終わった?」
瓦礫の嵐が去ったと思われる頃、ユリシーズは恐る恐る声を出した。ケントは盾を下ろす。彼ら二人は瓦礫の中で孤立していた。
「ぎゃう」
「ギョルル……」
虎と小鳥が気遣うような声を出す。
「君ら無事か……ケント!」
ユリシーズが上から落ちてきた血に気づいて、ケントを見上げる。
「ケント、血が!」
ユリシーズはケントが頭から出血しているのを見て、青褪める。
「ケント、頭打った⁉ 俺をかばったから……」
「大丈夫ですよ……」
慌てるユリシーズに対し、ケントは落ち着いて答えるが、その声に力はなかった。
「し、止血ーー!」
ユリシーズはあわあわと荷物を探る。
「そうだ、ポーション……」
一瞬希望を見出しかけたが、すぐに思い出す。前線で戦うことになるのはフーゴだから、と彼に持たせていたのだ。
「フーゴーーー! どこーーー? 早く来てーーー!」
ユリシーズは声を張り上げる。答える声が聞こえた気がしたが、どうにも遠く聞こえる。フーゴがいるのはこの瓦礫の山の向こう側だ。
ユリシーズは瓦礫の山を見上げる。二人とも体力十分なら、どうにかして登れそうだ。が、負傷した状態でそれができるか、と考えればそれは無理だという結論に達する。
ケントは
「見かけほどの傷じゃないと思いますよ」
などと言っているが、その目つきがどこか朧気として見えて、ユリシーズは危機感を募らせた。とにかく止血だ、と彼の頭に布を当てる。
「ケント、自分で押さえて」
「ええ、すいません……」
ユリシーズは座っているケントの後頭部に手を伸ばすが、どうにも手が届き切らないのかしっかりと押さえられている気がしない。布を本人に押さえさせたが、本当にしっかりと押さえているのか怪しいものだと思える。
「どうしよう……」
「大丈夫ですって……」
どうにもできぬと落ち込むユリシーズをケントが力のこもっていない声で慰める。
「ケントとりあえず、効くかわからないけど軟膏でも塗るか。屈められる?」
「ああ、すいません」
ケントはユリシーズの言葉に応じて身を屈めようとしたが、その最中くらりとめまいを覚えて慌てて手を突く。
それを見て、ユリシーズはやはり危ないと認識を強くする。
ユリシーズは傷口を見て、とても軟膏が塗れる状態ではないと知る。意外と大きな傷口で、未だ出血が続いている。出血が止まらないと血で軟膏が洗い流されてしまう。とにかく止血が先決と知った。再び傷口を布で押さえて、他の布で固定する。
「ごめんな。ケント。しばらく我慢してくれな」
「ええ。全然平気ですよ」
簡易の手当てを終えて、二人はとにかくフーゴが来るのを待つことになった。
ケントは不安げなユリシーズをどうにか宥めたくて気丈なことを言ったが、内心ではさすがにまずいのかと気づきだしていた。
先ほどまでは、興奮が勝っていたのか、さほど痛みを感じなかったのだが、ここに来て痛みを強く感じるようになった。
これはまずい。思いつつも、少しも慌てる気持ちがわいてこなかった。
今、ここで死んだら自分は後悔するだろうか?
ケントは自問する。そして、否と答えを出す。この危機的局面を迎えて、彼の主であるユリシーズは五体満足であり、ユリシーズを守るという目的は達成されている。
目的が無事に達成されたことで、彼は無為な死からは逃れられているのだ。
生にも死にも、本来は意味などない。人間も動物も、ただ今ある命を生きているだけ。それでも、何かを成したいと欲が出る。意味のある人生だったと思って死にたい、と。
元々父によって始末されそうだったケントの命が母のおかげでこの世に生まれることができた。ケントは、元はただの平民で、ただの孤児で、ただ運がよくて大人になるまで生きてこられたのだ。
ケントはすでに死んだとされている。それがここまで生き永らえている。それだけでも幸運と言えるだろう。まして、主を守るという使命は果たされている。
上出来だ。とケントは思い、穏やかな笑みが浮かんだ。




