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14 生と死のはざまで

「ケントさん、今日もお勉強がんばったわね。お疲れ様。一緒にお茶にしましょう」

 兄に引き取られた後、教育を受けることになった。兄曰く、現在結婚をしていない兄の後継の第一候補はケントになるのだという。なので、兄に万一のことがあった場合に備えて教育が受ける必要があるのだ、と。

 家庭教師がやってきて、週に4、5日授業をしてもらう。授業を終えると、義母がにっこりと笑ってケントを労い、お茶に誘ってくるのだった。


「ケントさんは、飲み込みが早いわね。元々頭がいいのね」

 義母は優しい女性で、ケントを邪険にすることもなく受け入れてくれる。

 それがケントにはなかなか理解しづらかった。

 ケントはいわば父が家の外に作った愛人の子である。そんな存在をどうして受け入れることができるのだろうか、と。


 だが、同時に理解したこともあった。義母がこんな女性だから、父は外にはけ口を求め、母が狙われてしまったのだ。

 義母は常に笑顔を絶やさず、人に悪い感情を見せず、親切にしようと常に努めている。とても清らかな女性だった。彼女を前にしては、汚い感情をぶつけることはためらわれる。

 だから、父はケントの母を必要としたのだ。


 父は彼の持つ暴力性を発散させる場所を求めて、嗜虐する相手を物色した。それに合致したのが、ケントの母だったのだ。



 勉強は時々兄が見ることもあった。

「進捗はどうだ。どこかわからないところはないか」

 兄に勉強を見てもらい、ケントが理解すると兄はわずかに笑みながらよくやったとぎこちない仕種でケントの頭を撫でる。


 兄も母もどうにかケントを受け入れようとしている。ケントには、それが申し訳なさを感じさせて、度々息苦しさを覚えた。

 家族になるべきなのに、家族になり切れない。向こうが歩み寄りを見せているのに、ケントは心を開けない。それが正しくないとわかっていながら、ケントは打ち解けた態度がどうしても示せなかった。


 彼らに恥と思われないように、とケントはひたすら与えられた課題をこなしていった。


「ケントさん。こういう本があるのよ。子供向けの物語なんだけど、読み書きの練習にどうかしら」

 義母が進めてくれたのは、冒険小説や伝記だった。ケントは最初は勧められるままに読むだけだったが、それらの本を読んでいる間は現実の悩みを忘れていられることに気づいた。そして、それらの本を読むことを好むようになっていった。



 長じて、ケントは軍へ入ることにした。

「ケントさん。そんな危ない場所に行くなんて……」

 義母は怪我をしたらどうする、とさめざめと泣く。

「ここまで育ててもらった御恩をお返しし、一族の一人としての責務を果たしたいと思っております」

「堅いなあ」

 ケントの言葉に兄が一言感想を漏らす。ケントはそれに返答もできず、ただ黙って兄の言葉を待つしかない。

「俺は、同じ勤めるんなら文官でもいいと思ってるよ。お前は頭も悪くないんだし」

「体を無心に動かす方が性に合っておりますんで……」

「軍人も結構頭を使う職業だとは思うけどさあ」

 暗に無心に体を動かすなんてことはないと言い返された。何か反論したかったが、特にこれといった言い回しが浮かぶこともないので、じっと兄の顔を見る。


 じっと見ていると、兄が眉間にしわを寄せて目を逸らし、ふうーとため息を吐いた。

「そんなに意志が固いんなら……」

 言葉もなくただ見ていると、兄の方が根負けしたのだった。



 軍に入ってすぐ、ケントはちょっとしたいざこざに巻き込まれた。ケントが私生児だということを誰かが調べて言い触らし、ケントを迫害して遊ぼうという空気が流れていた。

 孤児院の子供とやることが変わらないな、とケントは呆れる。


 ケントはそんな噂が流されているのを知りながら、無視した。一人伝達事項を教えてもらえなかったり、訓練に混ぜてもらえなかったりしたが、ケントは気にしなかった。

 そのせいでケントの上官からの評価は下がったりしたが、それでもケントは気にしなかった。


 飄々と過ごすケントを彼らは苛立ちを持って見つめ、どうにかしてやりたいと考えたらしい。

 呼び出されてそれでも無視してると、囲まれて強引に連れていかれ、殴られることとなった。

 殴ってくるのは、その集団の中で一番爵位が上の人間だった。ケントの実家よりも爵位が上だということをケントは理解していたので、反撃もせずにただ殴られておいた。


 かわいがりが終わると、ケントはその集団の中の一人を捕まえて、殴り飛ばした。その男の家の爵位は男爵。ケントの実家の子爵家よりも下の爵位だ。

「何やってんだ!」

 囲んでいた連中が、気づいて怒声を浴びせてくるが、ケントはそれを無視して男爵家の息子を殴った。



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