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「なるほど。わかりました……ですが」
はきはきと返事をしたケントが声を一段落としてそっとユリシーズにささやく。
「まだあの男を全面的に信用してはなりません。真実のみを話しているとは限りません」
「それは、わかってる」
ケントから言われたことは、ユリシーズがずっと心に引っかかっていたことだ。本当は信用してしまいたい。多分、その方が楽だ。だが、それは思考の停止だ。考えること、疑うこと、それらを止めてはいけないのだ。
ユリシーズの横で、ドロシーもうんうんとうなずいている。
自分だけ外されて、こそこそと話を続けられる。まあ、しょうがない。とフーゴは受け入れる。とりあえず、皿の中身の肉を片付ける。……骨付き肉など、手づかみで食べたことはない。そうして食べている人は見たことはあるが。羊飼いの男も今正にそうしている。
がぶりと肉にかじりついた。さっさと飲み下すべく、素早く咀嚼する。口に肉の味が広がって、はっとなった。ユリシーズが美味しいと言った味だ。本当に美味しいな、と同じ体験をしたという感動と共に感傷が広がる。
皿の中身を平らげて、フーゴはユリシーズを見た。
「ユリシーズ」
ドロシーに肉を渡そうと焼いた肉を皿に盛っていたユリシーズに話しかける。
「なんだ」
ユリシーズはドロシーに皿を渡して、フーゴに向き合う。フーゴはユリシーズの肩をがっとつかんだ。
「俺は本当に君を助けたいと思っている。だから、君のことを守る。絶対に、裏切ったりはしない」
「え」
目を見て真剣に語る。
「君が傷つくところなど、見たくないんだ。だから、俺は君の盾となり剣となる」
「えっ」
「君の敵は俺の敵だ。俺は、君の身も心も守りたい。俺が、俺自身がだ。その役目を人にとられたくはない」
フーゴは心の内から湧き上がる情を余すことなく伝えたい、と言葉を重ねる。しかし、情念をぶつけてユリシーズを怯えさせたくはない。彼に恐れを抱かせず、心を伝えるために、と言葉を探す。
「そこまでです」
ぐっとユリシーズをつかんでいた腕をつかまれ、はがされた。腕をつかんだ男ケントはフーゴとユリシーズとの間に、強引に己の体をねじ込んでくる。
「過度にお近づきになられませんよう。あなたもこの方も、身分をお持ちだ。それに適した態度というものがあるでしょう」
フーゴの前に、ケントという男が立ち塞がった。その間に、ユリシーズはドロシーに奥へと引っ張られ、その開いた隙間にモーリスが入る。
「あ、どうしよう。俺は、ユリシーズ様の肩でも抱きましょうか」
「やめてー」
デビーも参加するべきか、とユリシーズに問うてくる。
男を巡って男と男の三角関係みたいな構図になってしまった。
「どうしてこんなことに……」
「誰のせいよ」
思わずつぶやいたユリシーズにドロシーが突っ込む。
「もっとじっくりやりたいもんですが、道中ですし簡単にさっとだけ燻しましょう」
肉を保存しやすくするため、一部は燻す。
「薪足りる?」
「薪なら、すぐに調達できますよ」
デビーは杖を手に立ち上がる。
「ここですよ」
デビーが杖で示した先に、罠なのか文様が見えた。
「これをね」
杖でデビーがその罠の文様を押す。すると、壁から丸太が飛び出てきた。丸太は、誰にもぶつからず、反対側の壁に当たって転がった。
「こうすると、丸太が手に入るんです」
「そんな罠の使い方が……」
罠を使いこなす姿に、ユリシーズは感心した。
「ヴェ」
デビーは雄山羊を連れていた。その山羊が一声小さく鳴いた。
「お。ここに宝箱らしきものがありますね」
扉が開いた部屋の一角に長櫃が見えた。
「ヴェ、ヴェ」
雄山羊が角をぶんぶんと振って何かを訴えかけている。
「ああいう、宝箱の中に怪物が潜んでることがあるんですが、こいつがそれを感知して教えてくれるんです」
「へえ。賢いんだね」
ユリシーズは雄山羊を労って、首を撫でる。ドロシーも同じく、雄山羊を撫でる。雄山羊は嬉しそうに目を細めた。
「ああいうところがいい……」
「殿下を妙な目で見ないでいただきたい」
雄山羊と触れ合うユリシーズを見て、フーゴは目を細める。それをケントが咎める。




