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8-4

「なるほど。わかりました……ですが」

 はきはきと返事をしたケントが声を一段落としてそっとユリシーズにささやく。

「まだあの男を全面的に信用してはなりません。真実のみを話しているとは限りません」

「それは、わかってる」

 ケントから言われたことは、ユリシーズがずっと心に引っかかっていたことだ。本当は信用してしまいたい。多分、その方が楽だ。だが、それは思考の停止だ。考えること、疑うこと、それらを止めてはいけないのだ。

 ユリシーズの横で、ドロシーもうんうんとうなずいている。



 自分だけ外されて、こそこそと話を続けられる。まあ、しょうがない。とフーゴは受け入れる。とりあえず、皿の中身の肉を片付ける。……骨付き肉など、手づかみで食べたことはない。そうして食べている人は見たことはあるが。羊飼いの男も今正にそうしている。

 がぶりと肉にかじりついた。さっさと飲み下すべく、素早く咀嚼する。口に肉の味が広がって、はっとなった。ユリシーズが美味しいと言った味だ。本当に美味しいな、と同じ体験をしたという感動と共に感傷が広がる。

 皿の中身を平らげて、フーゴはユリシーズを見た。


「ユリシーズ」

 ドロシーに肉を渡そうと焼いた肉を皿に盛っていたユリシーズに話しかける。

「なんだ」

 ユリシーズはドロシーに皿を渡して、フーゴに向き合う。フーゴはユリシーズの肩をがっとつかんだ。

「俺は本当に君を助けたいと思っている。だから、君のことを守る。絶対に、裏切ったりはしない」

「え」

 目を見て真剣に語る。

「君が傷つくところなど、見たくないんだ。だから、俺は君の盾となり剣となる」

「えっ」

「君の敵は俺の敵だ。俺は、君の身も心も守りたい。俺が、俺自身がだ。その役目を人にとられたくはない」

 フーゴは心の内から湧き上がる情を余すことなく伝えたい、と言葉を重ねる。しかし、情念をぶつけてユリシーズを怯えさせたくはない。彼に恐れを抱かせず、心を伝えるために、と言葉を探す。



「そこまでです」

 ぐっとユリシーズをつかんでいた腕をつかまれ、はがされた。腕をつかんだ男ケントはフーゴとユリシーズとの間に、強引に己の体をねじ込んでくる。

「過度にお近づきになられませんよう。あなたもこの方も、身分をお持ちだ。それに適した態度というものがあるでしょう」

 フーゴの前に、ケントという男が立ち塞がった。その間に、ユリシーズはドロシーに奥へと引っ張られ、その開いた隙間にモーリスが入る。


「あ、どうしよう。俺は、ユリシーズ様の肩でも抱きましょうか」

「やめてー」

 デビーも参加するべきか、とユリシーズに問うてくる。


 (ユリシーズ)を巡って(フーゴ)(ケント)の三角関係みたいな構図になってしまった。

「どうしてこんなことに……」

「誰のせいよ」

 思わずつぶやいたユリシーズにドロシーが突っ込む。


「もっとじっくりやりたいもんですが、道中ですし簡単にさっとだけ燻しましょう」

 肉を保存しやすくするため、一部は燻す。

「薪足りる?」

「薪なら、すぐに調達できますよ」

 デビーは杖を手に立ち上がる。


「ここですよ」

 デビーが杖で示した先に、罠なのか文様が見えた。

「これをね」

 杖でデビーがその罠の文様を押す。すると、壁から丸太が飛び出てきた。丸太は、誰にもぶつからず、反対側の壁に当たって転がった。

「こうすると、丸太が手に入るんです」

「そんな罠の使い方が……」

 罠を使いこなす姿に、ユリシーズは感心した。

「ヴェ」

 デビーは雄山羊を連れていた。その山羊が一声小さく鳴いた。

「お。ここに宝箱らしきものがありますね」

 扉が開いた部屋の一角に長櫃が見えた。

「ヴェ、ヴェ」

 雄山羊が角をぶんぶんと振って何かを訴えかけている。

「ああいう、宝箱の中に怪物が潜んでることがあるんですが、こいつがそれを感知して教えてくれるんです」

「へえ。賢いんだね」

 ユリシーズは雄山羊を労って、首を撫でる。ドロシーも同じく、雄山羊を撫でる。雄山羊は嬉しそうに目を細めた。


「ああいうところがいい……」

「殿下を妙な目で見ないでいただきたい」

 雄山羊と触れ合うユリシーズを見て、フーゴは目を細める。それをケントが咎める。

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