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8-3

「なんか肉の匂いがする」

「え、人がいる⁉」

「明らかに焼いた肉の匂い」

 肉を手に持ったまま、ユリシーズははっとなる。背後の階段から人の声が聞こえてきた。そう言えば、ずっとここに階段があったのだと思い出す。それも、先に進める階段ではなく、前の階からこの階に来るのに使った階段だ。

 これまで前の階から次の階に進んだ時に使った階段は次の階に足を入れた後は消えていた。それが、今回はずっとここにあった。

 まだ、人が来るからここにあったのか? と疑問に思う。

 デビーがここに座っていたのは、その異変を見極めるためか。デビーは骸骨を砕き終わって、肉の焼きに戻っている。



「あっ」

「えっ」

「ああああ! なんでここに!」

 目が合った途端に騒がしい。

「ユリシーズ!」

 ガツンと大きな声が耳に届く。

「こんなとこで何してんの!」

「ドロシー……」

 一気に距離を詰められてがッと肩をつかまれる。最近は令嬢仕種ばかりを見ていたので、こういう態度は久しぶりだ。

 肉が邪魔になるので、フーゴに差し出す。

「こんな危ないとこで……大丈夫だったの?」

 ユリシーズに怪我がないかとじろじろ見られる。ぐるぐると体の左右を見回されて、それからむぎゅっと抱き着かれた。ドロシーの柔らかさを感じて、ユリシーズは声も出せなくなる。

「無事で良かった……」

 心配されているのに、よこしまな気分になる己が許せなくなる。


「君ら、そんな距離感なんだ」

 フーゴの声を聞きながら、ユリシーズはぐっと耐える。

「……なんでハグし返さないの?」

 ドロシーが怪訝に思って聞き返してくる。そのドロシーのつぶやきがユリシーズには残酷に感じる。彼女の中で、ユリシーズはいつまで経っても子供で意識する対象ではないとまざまざと教えられる。


「手が汚れてらっしゃるからでしょう」

「あら、ほんとだ」

 横から助け船が入った。ドロシーが連れていた騎士の一人、確か名はケントと言ったか、とユリシーズは思い出している。その間に、ドロシーがユリシーズの手を拭いてきれいにしていっている。こういう母親のような態度をされる度に、ユリシーズの心中は無駄に葛藤する。結局は受け入れてしまうので、葛藤して心を消耗することが本当に不毛だと思っている。心配されたり、世話を焼かれたり。実際にそれがなくなって苦しんだり悲しむのはユリシーズの方だ。



「ユリシーズ! あなたはすでに一国の王子。ここは命を脅かす危険がある場所。そんなところに入ってきてはいけません」

 ドロシーから説教をもらう。いつもと変わりない。いつも通りの彼女。

 あの日、ユリシーズは何かにそそのかされるように衝動的に婚約破棄を口にしようとした。それは、確かに衝動だったが、己の運命を変える一手のつもりだったのだ。大きな決断をしたつもりだった。


 彼女の心の棘になりたかった。

 いつか、ユリシーズとの日々は彼女の人生の通過点になるだろう。なにもなければ、彼女はただ忘れてしまう。思い出しても、他の思い出と変わらない平坦なかつての日常と同じ扱いになるのが嫌だった。

 少しでも、ユリシーズを思い出して心を乱してくれれば。それを願っていたが、この様子ではそれは叶わないらしい。



「お取込み中失礼します。ユリシーズ様、こちらの御仁がどこのどなたかお聞きしてもよろしいでしょうか」

 ケントがドロシーの説教をぶった切って話しかけてくる。

「この男は、プラウドの王子で」

「火種王子!」

 一言で察したらしく、ケントはくわっと目を見開く。

「ここで始末しますか」

「うわああ! ダメダメダメ!」

 ケント、モーリスが剣に手をやる。判断が早い。爆速だ。ユリシーズは慌てて制止する。

 これまでの出来事、した話、推測などを説明していった。

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