6 引き続きダンジョン攻略
「あっ、止まれ! 止まれ! 止まれって!」
ユリシーズは再び、床に異変を見つけた。慌てて声をかけるが、フーゴは止まらず、踏んでしまう。
「どあーーーーっ!」
「いやーーー!」
途端に、床から霧状の何かが噴出した。
「えっ、何⁉ 毒⁉」
「……」
フーゴの様子をユリシーズは観察する。浴びた直後から、普通に声を出して動けているところから、即効性の毒ではない。皮膚も今のところただれたりはしていない。
「あっ、鎧が!」
「うわぁ……めちゃくちゃ嫌だ……」
フーゴの身に着けている鎧が、わずかに変色していた。
「腐食? 錆びてるのか?」
「装備が傷むのか、これ……」
「金属を傷ませる……酸か? それとも塩?」
「しょっぱいかな」
「口にすんな!」
フーゴが自分の腕を舐めて確認している。自分が絶対やりたくないことを率先してやってくれて、むしろありがたいとユリシーズは思う。だが、この男がいなくなると圧倒的に戦闘力がなくなる。うかつな行動は本当に控えて欲しい。
「なあ、これで罠踏むのに懲りただろ。これからはもっと慎重に動けよ」
「でもなあ、普通に歩いてたらこんなん避けようがなくない⁉ いちいち床を確認しながら歩くの? 効率悪くない?」
「一応、見ればわかるようにはできてるからー」
フーゴをなだめながら、先を進む。
「この文様なんだろなあ……」
毒矢とも装備を錆びさせる霧とも違う文様が描かれた床石の前でしばし悩む。
「作動させてみなきゃ、確認しようがなくない?」
そんな会話をしている中、また怪物が現れる。
「魔物のお出ましだ」
「魔物?」
「ダンジョンに出る怪物はそう呼ばれてるらしいぞ」
フーゴは答えながら、剣を構えるとズバッと一刀で狩る。倒したのは巨大な蜂の魔物だった。
「あっ! こいつにその罠を作動させればよかったんだ!」
倒してから今気づいたと、フーゴが声を上げる。蜂の魔物は斬られた衝撃でか、その身がボロリと崩れてしまった。
「……浮いてたから、無理じゃない?」
「いや、その上にぶん投げるとかさー」
そんなことができるのか、とユリシーズは思う。フーゴはユリシーズにはできそうもないことを平然とやると言ってみせる。
ユリシーズはそこまで強さを求めたことがないので、強い男を見ても羨ましいと思ったことはない。ただ、強ければできることがそれだけ多いということはわかる。単独での探索も捗りやすい。
「まあ、自分で踏む必要はないわけだ」
ユリシーズは3歩ほど下がって、その位置からナイフを投げた。
「あっ!」
床が抜けてナイフは下に落ちていった。
「ナイフ失くした!」
投擲用のナイフが一本なくなった。
「魔物は大きく分けると、2種類いるらしい」
「2種類に分けれるの?」
「元々地上にいた生物がダンジョンの空気に侵食されて姿を変えたものと、ダンジョンで生まれたものの2種類」
「へえ……」
ユリシーズは今まで出没した魔物を思い返す。
「今まで出てきたのは、地上からダンジョンに入り込んで姿を変えたやつかなあ」
「多分ね」
そして今まさに彼らの目の前に禍々しい気配を放つ羊が出没している。
「……あの地割れで落っこちたやつかな」
ダンジョン誕生の際、領地で羊が被害に遭ったと聞いたことを思い出す。
「げっ、こっちからも来た」
背後から同じ羊が出現する。
「すぐに片付けるから、なんとか耐えて切り抜けてくれ」
フーゴが前方の羊に向かっていく。ユリシーズも剣を抜く。
羊は頭突きをコミュニケーションに使う動物である。つまり、頭突きが得意だ。ユリシーズが剣を構える間に、羊は猛然と突っ込んでくる。
ただ、直線的な動きなので、剣は当てやすかった。
狙いを定めて踏み出しながら振りかぶる。刃先を斜めに入れながら、羊の横を駆け抜ける。完全に背を向けないよう、すぐさま体を反転させて羊に向き直る。
ユリシーズが入れた一刀は羊の首から肩辺りに入った。
「メ゛……」
向かってきた羊の勢いが、攻撃にうまく乗り、剣は勢いよく深く入り、肉を断った。羊は断末魔の声を小さく上げ、横に倒れる。
「倒せた……」
ユリシーズが知らず呟く。その時、体に何か熱いものを感じた。それは体の外から内へと流れ込んでくるように感じた。
「これは、なんだ? 何らかの力か?」
筋肉、神経、血、臓器、体中のあらゆる場所を駆け巡り、落ち着いた。体の熱に充足感を覚える。剣を振ってみると、いつもより素早く動かせる気がした。
「ええ? なにこれ」
「噂によると、ダンジョンで魔物を倒すと強くなれるらしい。段位が上がると表現すると聞いた」
「レベルが上がる……」
ということは。とユリシーズはある結論に達する。戦闘をこの男任せにしていると、フーゴだけがレベルが上がり、ユリシーズはフーゴを倒すことなどできなくなるということだ。




