16-2
ブルースは祠の前に一人立っていた。意を決し、手を組み、真摯に祈りを捧げる。
「娘グレーテを我が元にお返しください」
ブルースが目をつむって祈りを捧げていると、祠の扉が開いて中から光がこぼれた。その光が人一人分の大きさだけ膨れると、その光の中からグレーテが現れた。
「! お父様!」
「グレーテ!」
ブルースは娘の声を聞いてはっと目を開いた。
「グレーテ!」
「お父様!」
二人は互いを呼び合いながら駆け寄る。父ブルースは娘グレーテを迷わず抱きしめた。グレーテはその抱擁に応え、父に身を委ねる。
しばらくグレーテを抱きしめていたブルースはその抱擁を緩めると、娘の顔を覗き込む。
「グレーテ、その顔をよく見せておくれ。よくぞ無事で帰ってきてくれた。ありがとう……」
グレーテを見る父の眼に涙が滲む。ブルースはグレーテの頭を撫で、髪を手ですきながらまじまじと娘の顔を見つめた。
グレーテは父に触れられるのは久しぶりだと思う。普段のグレーテなら照れ臭さもあって、受け入れていたか怪しい。
親子はしばらく再会を喜んで触れ合いの時間を過ごした。
父が急にはっとなる。
「ここにいては体が冷えるな! 母さんもみんなも待っている。家に帰ろう」
「はい」
父の言葉にグレーテは素直にうなずく。グレーテは父に肩を抱かれ、寄り添いながら二人は家に帰った。
グレーテの帰宅を母は泣いて喜んだ。使用人が別邸に彼女の帰宅を報せに走る。
「ああ。グレーテ。さぞや怖い思いをしたでしょう。よくがんばったわね」
父は泣くのを堪えたが、母は最初から泣いていた。普段表情を変えない母が流す滂沱の涙にグレーテは申し訳なさが募る。それと同時に心配してくれたことへの喜びもあった。
「お腹は空いてない? どこも怪我はしていないの?」
「はい。怪我はないです。お腹は少しだけ……」
「何か胃に優しいものを用意しましょうね」
怪我はないとの言葉は嘘ではないが、ダンジョンでの死亡回数を考えると心苦しい思いがあった。グレーテは母には一生黙っていようと心に誓った。
「ウルツもきっと喜ぶわ。早く知らせてあげましょう」
「そうだ。顔を見せてあげてくれ。探しに行くと言って大騒ぎだったんだ」
両親の言葉にグレーテはうなずく。
一瞬、妙な間があった。
「妙に静かだな」
父の言葉に、母子がうなずく。普段のウルツなら、すでに聞きつけて自ら駆け寄ってきそうなものである。
「あの……ウルツ坊ちゃまのお姿がどこにも見当たりません……」
使用人の報告が届く。彼の声には困惑と憔悴で満たされていた。
「待ってろよ、グレーテ。兄ちゃんが助けてやるからな~」
その頃のウルツは一人、ダンジョンの中を疾走していた。
その後。家族がじりじりとした不安を抱えながら待った後、ウルツは一昼夜過ぎた後にひょっこり帰ってきた。あまり反省した様子もなく普通に「ただいまー」と言いながら帰ってきたのだった。
「いよう!」
と片手を上げてグレーテに笑顔で挨拶する兄に、グレーテは無性にイラッとさせられたのだった。思わずひっぱたきそうになった。
「お兄様、お爺様に叱られてくださいね」
「爺さんは叱らないだろー」
冷ややかに言うグレーテに対し、ウルツはのほほんと答える。
グレーテとウルツは揃って祖父に呼び出された。グレーテは自分も叱られるのかなあ、と内心では落ち込んでいたが、それを兄にぶつけることでごまかしていた。
いや、自分は自分の意思でダンジョンに入ったわけではない。これは事故なのだ。だから、グレーテが祖父に叱られることはない。
グレーテはそう自己解決して、祖父と向き合うことにした。




