16 真に得たいもの、得るべきもの
そんな顛末を見てから、改めて兄が行軍に加わる未来と、兄が籠城に加わる未来とが提示される。
「私、わかりましたわ」
グレーテの顔から惑うような弱気さは消えていた。
「今、知っている情報だけではどっちにつくかを決めかねますわ」
結局はわからないという結論は変わっていない。だが、心構えの強さが変わった。
「私がこれを見ているということは、私が結論を出す、あるいは結論に至る選択をして導くんでしょう。私はその責任に向き合わなければならない」
イリアス達の様子を見てからグレーテは「責任」から逃げる気持ちが薄くなった。それでもまだ腹が括り切れていない。
グレーテは腹を括りたい。そのためある思いが沸き上がっていた。
「私は、領民の未来のため、できることなら正解を導きたい。間違えたくないんです」
思いを口にしながら、グレーテは我がことながら傲慢ではないかと思った。間違いは誰にでもあるもの。誰しもが己の間違いを受け入れながら人生を生きている。その悩みから解放されたいと願う。
それでも、グレーテは望んだ。
「戦争ともなれば多くの命がかかるもの。ならば、私は正解が欲しい。プラウドかメディナか。決めるのは私の私情に頼りたくない。私は、正義を選びたい。犠牲が伴うのならば、せめて正義の味方でありたいですわ」
願いを口にするグレーテの声はどこか冷静で落ち着いたものだった。
そして、その時は来た。
上から明るい光が降ってきた。グレーテは泉に沈んだ鏡を見るために下げていた頭を上げる。
「花……?」
光を放つ一輪の花が上から降りてくる。
「きれい……」
その輝く花にグレーテは見惚れた。もっと近くで見たい、との思いに答えるように花はグレーテの目の前に降りてくる。
ヘーゼルグリーンに輝く花弁は光の加減によってベリルやトルマリン、ペリドットなど様々な宝石に似た印象に見えた。それでいて、グレーテが知っているどの宝石にも当てはまらないように感じた。
鮮やかな緑というより、少しくすんだ茶色みがかった緑の色は落ち着きと神秘性を感じさせた。
「美しい。これは、宝石か何か?」
グレーテは触れてもいいのかと思いつつ、そっと手を伸ばす。
グレーテが触れた瞬間、その花はより一層強く輝く。グレーテは目を細めながらも確実にその花をつかんだ。
手の中の花が強く光りながら消え、次いで何か固いものが入れ替わるように出現した。
グレーテがつかんでいたのは花の茎だったはずだが、それは別の何かに変わる。
光の中から現れたのは、金色の天秤だった。
「なんですの、これ……」
呟くグレーテの脳裏に、ひらめきのようなものが降ってくる。
「ああ、これはそう使うものなんですの……」
理解すると同時に強い眠気がグレーテを襲う。そして、グレーテは意識を失った。
「はっ……!」
どのくらいの時間が経ったか。グレーテは目を覚ました。辺りを見回すが、あの花も天秤も影も形もなかった。
「……帰りましょう!」
グレーテは立ち上がると意気揚々と部屋を後にした。
実は、その時泉から一枚の鏡が浮き上がっていた。持っていっていいよ、と言わんばかりに浮かんでいたのだ。
その鏡こそ、グレーテが言うところの「ご褒美」だったのだ。
だが、グレーテはまったく気づかなかった。鏡はしばらくそのまま浮いていたが、その内諦めたように再び沈んだ。




