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次いでグレーテが気になったのは、二つ並んで同じ映像が流れている鏡だった。
「なんですの、これ……」
その二つの鏡が流しているのは、どこかの行軍だった。
「……これは、現在でも過去でもないような気がしますわ」
根拠はないが、グレーテはそう思えた。行軍の先頭はくたびれた表情をしている将だ。その表情には諦めや悲観のようなものが感じられる。
「プラウドの将かしら……奥に見えるのは、各領地の旗ですわね……」
鏡の映像が切り替わる。
「こちらはメディナの城壁? 籠城をして迎え撃つつもりなんですか」
その城壁にいる面々がグレーテの知る人々の顔だ。知っている顔ばかりが並んでいるので、暗い気持ちになる。
「戦争になるんですか……」
それは嫌だと思ったが、プラウドに反旗を翻したのならばそれも避けられないとの思いもあった。
「え……? お兄様」
二つの鏡に兄の姿が映し出される。片方は兄がプラウドの行軍に加わり、片方はメディナの城壁に兄が到着して招き入れられていた。
「どういうことですの? これは、どちらも有り得るということ?」
未来が分岐している。鏡がそれを示していた。
「それをどうして私に見せますの……私の婚約がそれを左右すると?」
婚約は家同士の同盟状態を示すもの。グレーテとイリアスが婚約したままならば、シシー領はメディナと敵対しない。
「今が、その分岐の時」
グレーテは父に対して感情のままにイリアスとの婚約破棄はしたくないと訴えたが、本当はこうなる未来を見越して考えるべきことなのだと改めて思い知る。
「……でも結局はお父様が決めることでしょう。私が決められるとでも……」
だが、鏡はグレーテに対してこの未来を見せつけてくる。
「私には決められませんわ。プラウドかメディナかなんて」
戦争ともなれば、領民たちの生活にも関わってくる。その多数の人間のことを考えて、選択しなければならないことだ。
グレーテは無責任に選べない、と尻込みしていた。
すると、別の鏡が違う映像を見せてくる。
「イリアス様!」
その鏡が見せるのは、メディナの若者三人の姿だった。
『なあ、このネックレスどう思う?』
『だっせええ!』
『えっ』
イリアスが見せたアクセサリーのデザインをユリシーズは一刀両断する。
『なに、そのでっかい蝶々! クソだっせええ! 女児じゃん! 女児向けじゃん!』
イリアスが持っていたのは、大きな蝶を象ってペンダントトップにしたものだった。
『そんだけでかいと、もう蝶よりも蛾! 縁が金ぴかギラギラなのも変! どんな服に合わせるの⁉』
『……蝶は人によって好き嫌いがあるぞ』
ボロクソにけなすユリシーズに続いて、黙っていたバルドーが一言添える。
『よほどセンスに自信がない限り好みに合うデザインかどうかわからない内はそういうサプライズ的なことは控えた方がいいんじゃないか』
バルドーがものすごく真っ当なことを言っているのに、グレーテは衝撃を受けた。恐ろしい理解不能な化け物のように思っていた男がいつの間にか大人の男になっている。
バルドーの言葉にユリシーズが凄い勢いでうなずいている。
「……確かに、蝶のデザインのアクセサリーをもらっても困りますわ」
グレーテは虫はそんなに苦手ではないが、蝶は例外的に苦手だった。
子供の頃に兄が捕まえたのを見せびらかそうとしてうっかり羽や足がもげてしまったり、兄が幼虫から育てようとした個体が蠅か何かに卵を産み付けられて無残な姿になったのを見たせいかもしれない。




