15-3
閃光コインでまずは先制攻撃し、視界を奪う。次いで、迅雷の巻物で体力を削る。
さらに混乱草をミノタウロスの口に放り込み、一太刀入れる。反撃を食らいそうになると後ろに下がる。数歩下がったところで、回復コインを設置しておく。
ミノタウロスの周囲にウサギが出現した。
「きっつ!」
グレーテは悪態をつきつつ、冷静に巻物を取り出す。
「猛き風よ、わが敵を打ち払い給え。唸れ、爆風!」
巻き起こる爆風がウサギを蹴散らし、ミノタウロスの体力をさらに削る。
グレーテは素早く次に使う巻物とあるカップを取り出す。
ミノタウロスが体勢を立て直す前にと投げつけたのは爆熱の巻物だ。爆熱が発動する前に用意したカップを地に置く。
強烈な破壊力を持つ爆熱が発生する。その時、グレーテの体が地に置いたカップに吸い込まれる。
このカップはやり過ごしのカップである。危機が迫るときにカップの中に一定時間身を隠せるというアイテムだ。
「……これで倒れてないって、あいつの体力多過ぎですわ」
カップから出たグレーテは未だ倒れていないミノタウロスの姿を見た。
体は傷を負い、息も絶え絶えといった風情ではあったが、ミノタウロスはまだ両の足で立っていた。
「容赦はしませんことよ」
グレーテは閃光コインを手に、剣を構える。弱らせ、一太刀を入れ、反撃を受けないために一歩下がる。
グレーテは淡々とそれを繰り返した。
最後に閃光コインも混乱草も尽きる。グレーテは火吹きドラゴン草を手に取る。迷わず口に入れて、噛み、火を吹いた。
その一撃がとどめとなった。
「……やっぱり、口から攻撃した方が威力があるんですね」
最後を見届けて、グレーテは息を吐きながら口内の刺激を逃した。
「う~~ん……ご褒美は特にない感じかしら」
これまで倒したミノタウロスがいた室内には何かしらのアイテムが見つかったが、今回はそれがない。
グレーテは少しがっかりしながら室内の探索を終えようとした。
「あら。まだ奥に部屋がありますわ」
壁の一部に違和感を覚えて探ってみると、それが扉になっていることに気づいた。
グレーテは扉をわずかに開けて中を窺う。
「待ち構えている敵はいないようですが……」
室内に足を踏み入れた途端に敵が現れるという可能性もある。
グレーテは油断せず、すぐに攻撃に移れるように構えながら、室内へと入っていった。
「……? 何も起きないですわ」
敵が出てこないので、グレーテは首を傾げる。
その室内は中央に大きな池があった。その中には無数の鏡が沈んでいた。
「なんですの、これ……」
グレーテはその不審な池の側に寄って、中を覗き込む。
池に沈む鏡はグレーテが近づくとそれぞれが全く別の何かを映しだしてきた。それらが動いて見える。
「ええ……なんですか、これ……」
グレーテは自然とその映像に意識を集中させられた。
「! お爺様!」
最初に見たのは、祖父の姿を映す鏡だった。その鏡の中で祖父は彼の自室で何か作業をしていた。
ベッドサイド横のテーブルにはいつものように寝酒が用意されていたが、それには目もくれず、祖父は作業に没頭していた。
彼はナイフを手に取ってはそれを研いでいた。
その切れ味を確かめては、首を傾げ、次に別のナイフを研いでいる。
「……ナイフの手入れ? これ今現在の様子ですの?」
祖父の目つきは真剣でいつもの酔いどれた茫洋とした目つきではない。背筋もしゃんとして見えて、普段のくたびれた姿を知っていると別人のように感じられた。
「ナイフ……まさか、ね」
グレーテはまさかと思いつつも、もしやとの思いがあった。
「こちらはお兄様ですか」
次いでグレーテは別の鏡を覗き込む。そこには兄の姿があった。
兄も自室にいるようだった。そこで兄は、自分の部屋の扉を叩いていた。外に向かって訴えていた。
『ここから出せ!』
と兄は叫んでいた。
『グレーテを助けに行かなくては! お前達も俺を手伝え!』
映像が切り替わり、兄の部屋の扉の外の様子を見せてくる。
そこでは護衛達が見張りをしていた。兄の言葉に彼らは困ったように顔を見合わせている。
『あのダンジョンの条件をお教えするなとのことだが』
『このご様子だと条件をお知りになると確実に向かわれてしまうな』
護衛達はそのように会話していた。
「お兄様……」
グレーテは兄を留めておいてくれて良かったと心から思った。
「こちらはお父様とお母様……」
別の鏡では会話をする父と母の姿が映し出されている。
『ウルツはまだ騒いでいるようだ』
『ええ。大人しくなれば逆に何かを行動に移していそうですわ。まだ騒いでいる方が所在もはっきりして安心できます』
二人は兄ウルツのことについて話していた。グレーテはさすがに良く兄のことを理解していると両親に感心していた。一方で、二人の姿も気になっていた。二人の服装が地味過ぎるのだ。
普段から、両親はそんなに華美な格好はしない。それでも領主夫妻の威厳は感じられる服装はしていた。それが、父はごくシンプルなシャツにパンツの姿、母は飾りも何もないワンピースの姿だった。
グレーはまたしてももしやの思いに駆られる。
みんな、このダンジョンに来ようとしているのではないか、と。
「私、早くここを出ないといけませんわ……」
グレーテはそんな家族の姿に焦りを覚えた。
ある鏡は祖母の姿を映した。祖母は窓から外を眺め、星を見上げ、それに向かって祈りを捧げていた。
彼女の服装は夜寝るときの格好で、それが却ってグレーテに安心をもたらしたのだった。少なくとも、祖母はダンジョンに来ることはない。




