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15-2

 グレーテは母を想う。グレーテは令嬢となるべく育てられた。とは言え、最初からこの地で生まれ育ったグレーテはやはり母とは違う。だから、グレーテには母のことは理解しきれない。

 母はここではないもっと町らしいとこから嫁いできた。それ故、受け入れづらいことも多々あっただろう。だが、それに対して母が何か文句を言ったことはない。

 グレーテは母が愚痴をこぼすところを見たことがないのだ。

 よその地のご令嬢との数少ないお茶会の場でそのご令嬢の母君が父君や嫁いできた地への愚痴を世間話としてつらつらとしゃべっていた。

 人柄もあるのだろうが、母はそういうことを話さない。水を向けられても笑ってごまかしていたように思う。


 母は実に辛抱強い女性だとグレーテは思う。グレーテはそんな母を思いやる行動をしたことがない。何故なら、母が愚痴をこぼさないから彼女が不満を感じていることなどこれまで想像したことがなかったからだ。

 グレーテは、いつもと違う環境に身を置いて、普段を思い返して、ようやくそのことに思い至ったのだった。


 母の理解者は祖母だ。同じく別の地から嫁いできた祖母こそが母を理解できるのだ。祖母は母をいびることなく母を気遣い、母を導き、それゆえに母は祖母を敬う。世間でよくある嫁姑の不仲などはこのシシー辺境伯家には無い。父は妻が自分より祖母を頼るとときどき不満気にしているが、母が父を敬って接するのは祖母のおかげもあるのだ。祖母が母を丁寧に扱うからこそ、母がこの地を嫌わずにいてくれるのだ。


 兄はこの地で生まれ育った男子らしく成長した。田舎の地を存分に楽しむ虫とか動物とか大好きな少年で、戦利品をとにかく見せびらかしに来た。グレーテは最初からそんな兄の行動を当たり前のことと思い込んでいたが、町育ちの母にとってはそうではないのだ。それでも母は、そんな兄を矯正することはなかった。

 兄は兄らしく、ありのまま好きなものは好きなままで居られた。グレーテのことはさすがに女の子らしくあれと育てられたが、それでもかなり寛容に育ててくれたのだと思う。

 グレーテは母の懐の大きさと辛抱強さに気づいた。


 グレーテは己に足りないのはそんなところではないかと考えるのだった。


「私、慎重さも足りてないんですわ」

 グレーテはオッシの死なないで欲しいという言葉と自分の死亡回数を思い返す。

 オッシは、ダンジョンのルールを知っていたことから、彼自身も死亡を経験している。それでも恐らくはグレーテよりもずっと少ない回数ではないかとグレーテは考えている。

「だって、あの火吹きドラゴン草を口にしたのを見て驚いておられましたもの」

 彼はあの草を口にしたことはないのだ。草自体を口にしたことはあるだろうが、不用意に口にすることはなかったのだろう。

「ああいう行動ひとつとっても、慎重さの有無がわかるというもの」

 グレーテの反省はしばらく続いた。


「蛇ちゃん、ベッドで寝ましょうね」

 グレーテは火の始末を終えると、ベッドを取り出して蛇をすくい上げて寝に入った。

「明日こそ、ここを出……明日?」

 ここを出るぞと意気込みを口にしようとして、そもそも今どのくらいの時間が経っているのか日数が経過しているのか、それもわからないということに気づいた。

 そんなことを考えている間にグレーテはまた気を失うように寝てしまった。



「またあいつですか」

 再度のあの扉である。覗き込めば、そこにいるのは最早お約束になったミノタウロスだ。

「あいつとばっかり戦ってたくないですわ」

 そう言いつつも、グレーテは着々と準備をしていく。まずは強化系の巻物を複数使う。すばやさ草も忘れずに口にする。

 閃光コイン、混乱草など敵を弱体化させるアイテムも十分にある。回復手段もある。


 グレーテは万全の準備をもって戦いに挑んだ。



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