14 行って戻ってまた行って
再び一人になったグレーテは順調に攻略を進めていった。
「この扉は!」
そんなグレーテの前に見たことのある重厚な扉が再度現れた。
「あいつがいたあの部屋と同じですわね」
グレーテはひとまずそっと扉を僅かに開けて中を窺った。
「! あいつじゃないですの!」
そこにいたのは、倒したことのある牛頭に人の体の魔物、ミノタウロスだった。
「あいつは倒したことがありますわ!」
グレーテは俄然奮起した。意気揚々と荷物を整理して準備を済ませると扉を開ける。
「行きますわよ……!」
グレーテは剣を構え、いざ、と向かっていく。
ミノタウロスは辺りをゆっくり見まわしてたのを止める。ぐるりと顔の向きを変え、扉からグレーテが入ってくるのを認めると、手にしていた斧を構え直して体勢を変えた。
「来ますわね……⁉」
迎え撃つ気満々のグレーテは、向かってくるミノタウロスの勢いが想像以上で面食らった。
剣を構え、攻撃を……と振りかぶったところで急にすべての動きがゆっくりに見えた。こう動きたいとグレーテは考えているのに、その通りに動けないもどかしさが募る。
そうする内、ミノタウロスの斧が眼前に迫ってくる。その凶刃はグレーテの構える剣の間を縫うようにやって来、やがて彼女の体に達する。
「ぁ……」
グレーテはなす術なく、その刃を受けてしまう。血が出た。それも大量に。ここから、どうする……
「はっ!」
意識が飛んでいた。グレーテは急に目が覚める。仰向けの状態で寝ていた。
「え……?」
グレーテは何がどうなったのかわからず、身を起こす。
「私、あいつにやられて……」
ぼんやりとしながら、起こった出来事を振り返る。受けた傷があったはずの場所を撫でる。そこには何もない。傷もなければ、破れた形跡もない。ただ、凶刃を受けたという恐怖は残った。
痛みは感じるか感じないかのところまでしか記憶には無い。だが痛かったはずとの思いは強烈に残っている。そして、流れた血の量に怯えた。
指先が震える。
「わたし、夢でも見ていたのかしら……」
グレーテは呆然と呟く。グレーテがいたのは、最初にダンジョンに入ってきたときに飛ばされた場所だ。
そこでグレーテは何も持っていなかった。これまで手に入れたはずの鞄や、剣、アイテムのすべてが失われていた。
「夢……? 幻?」
今グレーテが持っているのは、ダンジョンに入る前に持っていたナイフだけだ。
ダンジョンに入ってきたときの姿で、グレーテは目を覚ましたのだった。
恐怖と混乱でぼやけた頭のまま、上体を起こす。そこにひょこっと小さな体の生き物が横から姿を見せた。
「お前……!」
グレーテが夢か幻と断じかけた世界で出会った寄り添う存在、蛇だった。
「巻き込んでしまったの? それとも、ついてきてくれたの?」
グレーテが手を差し出すと、目を細めながらすりっと体を寄せてくれる。その様がかわいらしくて、グレーテはその体を撫でた。自然、強張っていた顔がほころぶ。
「蛇に人間の手の温度ってそんなにいいものでもないでしょうね。それでも、こんな顔してくれるんだから……」
グレーテは蛇の存在のありがたさを実感した。その存在を助けに思う。孤独を癒す存在。それは確かに彼女に必要なものであった。




