13-2
立ち尽くすグレーテの頬に涙がこぼれた。グレーテはそれに気づいたが、拭うことも忘れてその廟を見つめた。
「ごめんなさい……」
グレーテの口からこぼれたのは謝罪の言葉だった。
グレーテが感じたのは、心からの後悔だった。
興味がないからとあっさりと鉱山の存在を忘れ去っていた。鉱山には危険がつきものと知識では認識していた。だが、本当にそこで亡くなった人について考えたこともなかった。
無知と無関心。それをグレーテは自身の罪と捉えた。
かつて領地の礎を築いて繁栄をもたらしてくれた鉱山。その鉱山で実際に働き、命を散らしていった者達。そんな鉱山とそこにいた彼らのことを忘れるべきではなかった。
グレーテは領主の娘で、そんな彼らの働きから得られた富に生かされている。そんな立場の人間が、その富の源を忘れ去り、何も考えずにのうのうと生きる。こんな罪深いことはない。
グレーテはそう考えて、己の至らなさを恥と思い、それが涙となってこぼれた。
「忘れてごめんなさい……」
「お嬢さん、泣かなくていい。忘れることは悪いことじゃない」
男がグレーテを慰める。よしよしと背を撫でられたが、グレーテは中々泣き止むことはできなかった。
「儂はな、弔いは憶えている人がいなくなるまででいいと思っている。儂は、ここで働いていたから、ここのことを憶えているのだ。だから、ここに来れる内は来ようと思っている」
「でも、私は領主の娘です。ここを忘れていいとは思えません」
「そうか。お嬢さんは、ご領主様の……あなたは、まじめだなあ」
「ここを閉鎖なさったのは先々代領主様。そして、入り口を完全閉鎖したのは先代領主様。彼は子供の頃、この鉱山を遊び場にしていた。儂はそれを実際に見ている。彼はこの鉱山の危険性がよくわかっているから、ここを閉鎖しようと決めたのだろう」
「お爺様が……」
「鉱山が閉鎖されても、領民の生活に支障がなく運営されるなど、歴代領主様達は大変優秀でいらっしゃる」
「そうなんでしょうか……」
「儂はここを閉ざしたのが間違いだとは思わんよ」
男はグレーテを慰めるためにそう言った。実のところ、この廟のことが気がかりで、鉱山の入り口に廟を思わせる祭壇を作ってくれと現領主のブルースに訴えを試みたことがある。
だが、ブルースには鉱山のことがよく伝わらなかった。その様を見て、男はこの鉱山はこのまま忘れ去られる運命なのだと悟り、その運命を受け入れようと心を決めたのだった。
だが、そこへ現れたのが、このグレーテだ。この出会いが何をもたらすのかは、男にもわからない。
「さて、この階層にいれる内に教えられることは教えよう」
「はい」
「あの時教えることはもうないと言ったが、あれは嘘だ」
「……そうですね」
「と言うより、あの時点で教えられることはあれで全部というのが真相だ」
「ああ……はい」
「あの階層で出るアイテムはごくわずかで、あれ以上教えようがなかったというか……」
「ええ……はい」
男が熱心に話しているのをグレーテは真摯に相づちをうつ。
「! 危ない!」
男の声で、グレーテは振り返った。死角から魔物が現れたのだった。グレーテは振り向きざまに抜剣して攻撃する。
わずかに敵の魔物の攻撃を受ける。かすり傷を負った。グレーテは、最早この程度では大して動揺することはなかった。
「傷を負ったか、お嬢さん傷を治すならば」
「あ、これがありますわ」
グレーテは自分の鞄から、例の草を取り出した。
「……お嬢さん、それはあらゆる傷を治すポーションの原料だ」
「え」
傷を治す草の葉を一枚口に放り込んだ後で、グレーテはしばし固まるのだった。




