13 過去との対峙
「狩りの習得が難しいのは他に理由がある。この先、出てくる魔物は洞窟奥地にいるようなものが増えると言っただろう」
「あ! あの虫っぽいものとかですか!」
「そうなんだ。どうも、食に向かない系のやつが多過ぎる」
「虫はさすがに無理ですわ」
「目が退化したウナギのようなミミズのような」
「あー。そういうのも、自分で解体をどうこうするのはできそうにないですわ」
「魚なら、まだ何とかなるかもしれない。解体も、他の獣に比べると容易だ」
「魚ですか……私、釣りは兄がしているのを横で見ていたことはありますが、したことはないですわ」
二人は話を続けながら、ダンジョンを進んだ。
「例外的に奥地にも出る獣がいるのだ。それがウサギだ」
「え、ウサギですか。か弱くて見目のかわいらしい、あのウサギですか」
「見た目はか弱い地上のウサギとそう変わらないんだがな。ダンジョンで出るウサギは地上のウサギとは違っているのだ。どれもなかなか恐ろしい存在だ」
「へえ……そうなんですの」
「ああ。無事に狩れれば貴重な食料になるが、強敵なので倒すのに精いっぱいで狩りどころではない。遭遇すれば一苦労するだろう」
「強いんですの」
「一番弱いのが癒しウサギ。こいつは攻撃力は対して持たないが、他の魔物の陰に隠れて、他の魔物が倒されそうになると回復させてくる」
「ええ……」
男が苦虫をかみつぶしたような顔をしている。よほどウサギによくない思い出があるようだ。
「角のあるウサギ、爪のあるウサギには本当に気を付けた方がいい。あいつらの攻撃力の高さは異常だ。装備が不十分な時には、逃げることも選択肢に入れるべきだ」
「そんなに」
ダンジョンに慣れたはずの男が言うのである。グレーテはこれは絶対に心に留めておかねばと思った。
「この階層、なんだか広くありませんか」
グレーテは探索していて思った。
「他の階層は、本来一つのフロアをぶつ切りにして階層に分けてあるように思える。だが、この階層はそれをしないで、本来の広さを保っているのではないだろうか」
「そうなんですの?」
「何度もダンジョンを潜っていると、見たことのある構造が出てくるのだ。このダンジョンは入る度に違う場所を探索させられるのだが、そのパターンも数通りしか用意されていないのか、見たことのある地形や構造物に出くわす。自然、各階層の本来の姿が見えてくる」
「……なんだか、すごい話を聞いた気がしますわ」
一度の探索だけでも大変なダンジョンを何度も潜り続けた男の話である。グレーテは寄る辺のないはずのダンジョンでこの男に出遭えたのは本当に僥倖ではと思うのであった。
男の足取りに迷いはない。彼はどこかを目指しているようにどんどん進む。グレーテはそれについていく。
「ここだ。お嬢さん、このダンジョンにおける重要な場所の内の一つがここなんだ」
足を止めた男が振り返り、グレーテに扉を示してくる。重厚そうな扉だ。あの牛頭の怪物退いた扉とはまた趣の違った扉である。
男はためらいもなく、その扉を開ける。グレーテは彼に続いて、中に入った。
「これは……お墓……?」
「このダンジョンがまだ鉱山だった頃、この鉱山で働き、命を落とした者たちを祀るための廟だ」
中央には祭壇があり、それをぐるりと取り囲むように小さな石が壁いっぱいに並んでいる。その石には、名前と弔文が刻まれていた。
「本当は花の一つでも活けたいところだが」
男が中央の祭壇に向かって手を組んで祈りを捧げる。グレーテはしばらく立ち尽くしていた。




