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「え⁉ 最初に火起こしと解体を実践して教えてくださいましたよね⁉ あれは身につけるためのものではなかったんですの⁉」
「経験がゼロよりかはある方がいいからなあ」
「ええ……」
「長くダンジョンに滞在することになれば、どうしても避けられるものではないからな」
「え~~……」
男の教えがグレーテの成功を見越してのものではないと知って、グレーテは少しがっかりとする。
「儂はお嬢さんに死んでほしくなかったのだ」
「ええと、はい」
男の声が真剣なもので、グレーテは気を取り直して頷く。
「このダンジョンは死を許されていない」
「え?」
男の発言に、グレーテは首をかしげざるを得ない。グレーテの小脇の下で蛇も一緒になって首をかしげていた。
「死んで終わりが許されていないのだ。死ねば得た経験値やアイテムをすべて失い、入り口に戻される」
「……」
「このダンジョンの出方は二つある。ひとつは素直にダンジョンを攻略すること。もうひとつは、死んで死んで幾度も死んで……もう攻略は無理だと諦めた先に、戻るための出口が出現する」
「……ええと」
男の言った言葉の意味は分かったが、それがどういうことなのかの理解がすっとできない。
「死を何度も経験するのは、恐ろしい。儂は、お嬢さんにそんな思いをして欲しくない。だから、時間はかかれども安全に堅実にダンジョンを進んで欲しかった。だから、まず獲物を狩らせた。魔物を倒す。これは、ダンジョン攻略において絶対に避けられないことだ。これだけは、絶対にやらねばならない。最低限、できるようにならなければならない」
「はい」
「ただ早く出ることを目指すのならば、死に続ければいい。攻略を目指すにも、死にながら前進するのも、攻略の近道だったりする。だが、問題があり過ぎるのだ」
「なんだか、不健康に聞こえますわね」
グレーテは『死にながら前進する』というフレーズに違和感を覚えて、そう呟く。
「そう。不健康なのだ。ダンジョンで死を経験し過ぎた人間は、現実世界に戻ったときにその癖が抜けない。結果、現実世界でダンジョンでいた時にした無茶をそのまま実行してしまい、命を縮め、あるいはそのまま命を落とす」
「……」
男の言葉は、それを実際に見て知っているものに聞こえた。グレーテはただ黙ってそれを聞く。
「やり直し前提の無茶など、身につけるべきではないのだ。この世界は本来やり直しができないものなのだから」
男の語る言葉の声音には重みがあった。
「お嬢さんは、ここまで来るのが随分と早かった。早期の攻略が可能なのかもしれない。狩りと解体は改めて教えるが、それが身につく前にこのダンジョンを脱出できるのではないか。攻略に注力する方が得策なのかもな」
「……え、早い方だったんですの⁉」
グレーテはもう長いことここにいるように感じていたので「早い」と言われて愕然とする。
「この階層は他の階層に比べると、長時間滞在できるのだ。ここで出会えたのは僥倖なのかもだ」
「ここってそうなんですの! 何故です⁉」
「大事なものがあるからだ。よし、腹がこなれたらともに探索しよう」
男の言葉に、入り口付近で教わった時よりも長い時間教わることができそうだとグレーテは希望を持つ。
「魔物ですわ」
「ふむ。お嬢さん、どう対処するか見せてくれるかね?」
男の言葉にグレーテは応えて見せようと、荷物を探る。彼女達の前に現れた魔物は、グレーテと同じくらいの大きさをした虫だ。
「……なんだか、浅い階層とで出遭った魔物と様子が違ってますわ」
「より地下深くになってきたからな。浅い階層にいる魔物は外でも出会える生物が転じたものが多い。より深い階層に行けば行くほど、洞窟にいるような特有の生物が転じたものが多くなる」
虫ならば火に弱いだろう、とグレーテは使うアイテムを決める。
グレーテが鞄の中から選んだのはドラゴンの如く火を吹けるあの草だ。取り出した草を口に含み、火を吹く。もう手慣れたものである。
片づけて、グレーテが男を見ると彼は少し驚いた顔をしていた。それを見てグレーテはあれ? と思う。
「……その草は、実は投げつけても同様の効果を発揮する」
「ええ!」
教えられた事実にグレーテは衝撃を受けた。わざわざ口に含む必要はなかったのだ。
「……まあ、口に含んだ方が威力は上がるようだし、正確に狙えそうではある。投擲に自信がないなら、それでもいいか」
「こんな辛い思いをしなくてよかったんですの!」
「草はなあ。ものによっては毒が有るし、マイナスの効果を持つものもあるから、口にして確かめる方法はあまり薦めない。簡単に同定する方法としては、敵に投げつけて現れた効果を見て判断できる。どうしても口にしてみるときは、毒やマイナスの効果を得た時のために何かしらの回復手段を持っておきたい」
男から教えられながら、グレーテはうわあああと内心で荒れていた。
「あとは、安全な場所で試すことも大事だ。敵が来ない場所で試すか、敵からすぐに逃げられるよう、次の階層への出口のすぐ側で試すという方法もある。なんにせよ、草を口にするのは慎重に、な」
「……はい」
グレーテはなんだか恥ずかしかった。




