12 再会、再教育
「え、なんかいい匂いがする」
次の階層に出た途端、美味しそうな匂いが漂っていた。明らかに肉などを加熱しているときに出る香ばしさである。
「誰かいるんですわ!」
グレーテは思わず逸る気を落ち着かせ、周囲を探っていく。
「ここ、少し他の階層よりは明るいし、きれいにしてあるようですわね。居住スペース? 休憩に利用していた場所でしょうか」
グレーテは辺りを見回して印象をひとりごちる。それまで、目の前に現れる魔物への対処にばかり気を取られて、探索そのものはおざなりであったと思い返す。
こうやって周囲を観察できるだけの余裕がようやく得られたのだ。グレーテは己の成長を少し実感できたのだった。
「ここ、何が掘れたんでしたっけ? 昔教わったはずでしたけど、忘れてしまいましたわ。……もう掘りつくしてしまったと聞いて、興味を失くしたんでしょうね」
子供の頃は素直に受け取った言葉だが、ある程度成長した今になって振り返ると、その言葉は子供を危ない場所に近づけさせないために言っていたようにも思う。
産業にできるほどは掘れないのは事実だろう。でも、どこかしら掘れば少しは何かが出てきそうな気はする。
「子供って冒険が好きですものね。廃鉱山なんて、入り口がわかれば勝手に入ってしまってたでしょうね」
今となっては鉱山の入り口がどこだったのかもわからない。それは危険を遠ざけるために埋めてあるのだとグレーテは推測する。
「となると、鉱山の入り口はやはりあの祠の奥でしょうか。岩か何かでふさいだ後に祠を立てたんでしょうね」
そして、誰も訪れることのなくなった鉱山跡地が、こうしてダンジョン化してしまったのだ。グレーテはそう結論付けた。
「ここからですわ!」
グレーテは匂いの元にたどり着いた。一体誰がいるのか、怖い人じゃありませんように、とグレーテはぐるぐると考えながら扉に向き合う。
えい! と意を決して扉を開ける。
グレーテは中を見て、しばし固まった。
「おお! お嬢さん!」
中にいたのは、例のダンジョンに入ったばかりの時に指南をしてくれた男だった。
彼は、何か器を持ってそれを匙ですくって食べようとしていたところであった。
「無事であったか! よくぞ、ここまでたどり着かれたな。さあ、今は少し体を休めなさい」
男は器を置いて、入り口で固まっていたグレーテに優しく声をかけながら近寄ってきた。
優しく手を引かれながら中に招かれる。背をぽんぽんとなだめるように軽く叩かれて、グレーテは放心から戻ってきた。
「う、うわあああああ!」
そこで、グレーテの涙腺は決壊した。本人にもどうしてだかはわからなかったが、涙があふれて止まらない。
令嬢らしさなど忘れて、子供のように声を上げながら、わあわあと泣いた。
「うん。がんばった。よくがんばったな。えらいぞ」
男がよしよしと背を撫でて慰めてくれる。男の優しさに触れて、それがまた涙を誘う。グレーテはしばらく男に縋り付きながら、気の済むまで泣いた。
「ありがとうございます」
「なあに。気にしなくていい」
落ち着いた後、恥ずかしくなり、グレーテは消え入りそうな声で礼を言う。
「お腹は空いていないか? 今、丁度スープを作ったところでね。味付けは塩ぐらいしか手に入らないから、お嬢さんの口に合うかはわからないが」
「いただきますわ!」
今度はグレーテは力強く答えた。ダンジョンに入ってから口にしたのは、リンゴと草だけである。
「美味しい!」
焼目を付けて煮込んだ肉に、ほんのり苦みのある野草を加えたスープは素材の味こそよくわかるが、それでも美味しいと思えた。
「この野草はモギ草と言って傷薬にもなるものだが、外の世界でもよく食べられているものだ。安心して食べるといい」
「はい。モギ草ならよく知ってますわ。このお肉はなんですの?」
「……お嬢さんには抵抗があるかもしれないが、魔物の肉だ。ウサギに近い種のものだから、そうおかしな味はしないだろう」
「本当に美味しいですわ。ありがとうございます。……私、これまで狩りをしたことがありませんの。いざ、解体をしようと思っても、どうにもできなかったんです」
ようやくありつけたしっかりとした食事にグレーテは心から感謝をした。その上で、己の問題を告げる。
「ふむ。狩りを教えてもいいが、そう一朝一夕で身につくものでもない。解体も、一度や二度の教えで身につくか……」
男はどうしたものかと考える。




