11 小さな生物との出会い
グレーテは不明のアイテムを使用しながらダンジョンの攻略を進めていく。
「えい!」
モンスターハウスで拾った杖を敵に向かって振ってみる。
「え⁉」
急に視界が変わってグレーテは戸惑う。後ろを振り向くと、そこに敵がいた。慌てて振り返って、対処する。
「何の意味があるんですの⁉ これ!」
その杖は場所替えの杖であった。
中にものが入れられないカップを、敵に向けてみる。勢いよく水が噴き出してくる。
「きゃー!」
その勢いにグレーテは慌てる。水の勢いに負けてカップを落としそうになる。
「と、取扱注意ですわ!」
何はともあれ、アイテムの効果は確認できた。
「あ、水場ですわ」
水場が再度出現した。水が再び確保できることにグレーテは安堵する。水筒に水を入れ、さらにその場で一杯飲んでいく。
ふう、とひと息をついていると、視界の端に小さな白いものが見えた。
「ん?」
グレーテはそちらに顔を向ける。そこには片手に乗りそうなほど小さな白い蛇がいた。
「えーと……敵?」
グレーテは武器を一応構えるが、明らかに弱そうな見た目に警戒する気が中々上がってこなかった。
白い蛇は体をくねらせながらこちらに向かってくるが、グレーテを目指しているわけではなさそうだ。グレーテのことは認識していそうだが、目が合わない。
その進み方が存外ゆっくりに見えて、攻撃してきても楽に避けられそうだとグレーテは思う。
その蛇は水場の下の床までたどり着く。
「お水が飲みたいんですの?」
どうやって、水場に行くんだろうと見守っていると、がんばって岩壁に登って辿り着いていた。
蛇は水場に顔を下ろして口をつけた。ごくごくと飲んでいるのが、喉の動きでわかる。
「喉が渇いてたんですのね」
グレーテはその様子をつぶさに見ていた。
グレーテは蛇に対する嫌悪を持っていなかった。子供の頃から、度々目にしていた生物である。
グレーテが強烈に覚えているのは、子供の頃の庭での出来事だった。
グレーテが母と共に庭に出ていると、一人で遊んでいた兄が一匹の蛇を捕まえてそれを見せに来たのだ。
普段物静かな母が大きな声を出したので、グレーテはまずそれに驚いた。
「捨てなさい! 早くそれを捨てなさい!」
悲鳴を上げた後、必死になって言い募っていた。母の声にわらわらと使用人たちが集まってくる。
言われている方の兄は得意げな顔で、捕まえた蛇を勢いよく振り回していた。最初、あまりに勢いよく振り回しているので、グレーテにはそれが生き物には見えていなかったのだ。
兄は得意げな顔をしていたが、母がどんどん逃げていくので、ダメなの? といった顔に変わっていった。
兄が勢いよく回していた手を止める。その手の動きが止まった途端、振り回されていた蛇ががぶっと兄の腕を噛んだ。
「あ!」
「きゃああああ!」
それを見て母が叫ぶ。その瞬間、やって来た護衛が蛇をすぱっと切断した。
「蛇!」
「きゃあーーー!」
切断面から飛ぶ血に、母がさらなる悲鳴を上げる。兄が切られた蛇を気にするが、早く手当てをと連れられて行ってしまう。
グレーテは思わず切られた蛇が気になって屈んだが
「ダメです!」
と遮られ、腕を引っ張られてその場を去ることになった。
腕を引かれながら、庭に落ちる蛇の亡骸をグレーテはずっと気にかけていた。
また、兄に連れられて領内を歩いていた時のこと。
「あ、蛇!」
幼いグレーテが見つけて指をさす。そこには一匹の蛇が道を横断しようとしていた。
「あれ、馬車来た」
兄が言う通り、そこに馬車が通りかかる。蛇はそれに気づいたのか、慌てて引き返そうとした。もうほとんど渡りかけていたのに。
「あ」
「ああー」
二人の目の前で、避け切れなかった蛇は馬車に轢かれた。一気に渡り切るか、あるいは下手に動かず、真ん中に留まっていれば轢かれることもなかっただろうに。
ただかわいそうな出来事に、幼い兄妹はどうすることもできずに気落ちした。
これもまた、兄に連れられていた時のことだ。グレーテ達は脱皮をしている途中の蛇を見かけた。
「わあ、何してるの?」
「脱皮だよ! 俺達も大きくなると服がきつくなるだろ? 蛇も大きくなるとこうやって一枚脱ぐんだよ!」
「へえ~~」
兄に教えてもらってしばらく眺める。ずいぶんゆっくりと時間がかかるようなので、兄妹は途中で飽きて別の場所へと遊びに行った。
翌日、兄妹は同じ場所で、その蛇が脱皮に失敗して、そのまま冷たくなっているのを発見した。
そんな感じで、グレーテは蛇に対しては恐怖の対象というよりは、どこか気の毒な生き物といった印象を持っていた。




