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「やった……? やりましたわ……」
グレーテはふらつきながら、回復コインのところまで戻る。そこで、座り込んだ。
「本当に大丈夫ですよね……?」
自信がないので、片手にはまだハルバートをしっかりと握っていた。牛頭が消えていった後、何も起こらず、ただ静寂が広がった。そこでようやく気を抜いたが、しっかりとハルバートを握った手が強張ったようになり、自由に伸ばせるようになるのに時間を要した。
「……このコイン、体力は回復してくれるけど、怪我を直し切ることはできないみたいですわね」
牛頭に切られた傷が今頃になってじくじくと痛み出した。それをしょうがないと受け止められる辺り、グレーテは大分この環境に慣れてきていた。
「え~~と、残ったアイテムは……」
荷物を確認しようとして、あのきらきらと虹色に光る草が視界入った。
グレーテはそれを取り出す。
最初見た時には不気味でしょうがなかったこの草を、なぜか口に入れてみたくなった。
歯を一枚ちぎり、口に含んで噛みしめる。葉は意外にも甘みがあった。甘味の後にほんのりと苦みが広がる。
「なんだか、山菜みたいなお味ですわね……。一時期お爺様が山菜にはまって山籠もりばかりされてましたわね」
グレーテは食べたことのある山菜の内、一番似た味の山菜はどれかを思い出そうとするが、そのどれとも違うと思わされた。
「……もしかして、かなり上等なお味なのでは……」
グレーテは幼少の頃、祖父の趣味に付き合わされ子供が食べるには苦すぎる山菜を連日食べさせられた。文句を言うとかなりの剣幕で怒られたものである。結果、山菜の味の良し悪しがわかるまでに至った。グレーテが食べたことのあるどの山菜と比べても、この草は繊細で美味しかった。
「ん……? なんだかぽかぽかしてきたような……」
グレーテは自分の体に異変を感じた。草系のアイテムは体に変化をもたらすのだと実地で学ぶ。
「あら、傷が薄くなって……治りましたわ!」
味のことばかり気にしていたが、味のことなど本来は二の次の問題である。
「この草、すごいですわ!」
これは大事にしようとグレーテは目を輝かせた。
「それにしても……今回も運が良かったですわね……」
グレーテはしみじみと振り返る。
「全然、思っていた通りには運びませんでしたわ。二の矢三の矢を用意しろとはこういうことですのね……」
ため息がついて出る。ドタバタしながらここまで乗り越えてきたが、やはり戦闘は未だ上手とは言えない。先行きに不安を覚えながら、グレーテはのろのろと立ち上がった。
「……あら、何かありますわね」
次の階層に進もうとして、部屋の奥に鎮座する箱に気づいた。なんだか宝箱を思わせる。その箱は牛頭が最初いた場所のすぐ裏にあった。グレーテはその箱を開けて見る。
「剣ですわ」
鞘から抜いてみると、かけた力に反して勢いよく飛び出てくる。抜刀に合わせてシャンッと軽快な音とともに、風圧のようなものを感じた。
「なんだか凄そうな武器ですわ。……それと、カップとさっきの草みたいな虹色の液体?」
透明な瓶に入った液体は傾けるととろみがあるようにゆっくりと動く。それは光にかざすときらきらと輝いて見えた。
「これは、強敵を倒したことへのご褒美みたいなものなんでしょうか?」
とりあえず、いただいてしまおう。とグレーテはそれらをかばんに仕舞った。
「いやー。びっくりした。これが、モンスターハウス……」
カミロがしみじみと感想を口にする。ユリシーズ達一行は探索中にモンスターハウスに出くわし、それを乗り越えたところである。
「ほら、ぼーっとしてないで。アイテムを回収しないと」
「おう」
トニアが放心しているカミロに注意を促す。
「あんなに囲まれると、しんどいもんだねー」
「確かにきついけど、俺はモンスターハウス嫌いじゃないよ」
ユリシーズがそんな感想を口にする。
「こうやって、アイテムが大量に手に入るからさあ。ボス戦前とか、一回もモンスターハウスに出くわさないで来てしまうと、貧弱なアイテムだけで立ち向かわなきゃいかなくなる。だから、探索中は一回でもモンスターハウスに出遭っておきたいね」
「慣れた人は、やっぱり違う視点をお持ちですねえ……」
カミロは改めてしみじみと感想を口にした。




