10-3
グレーテは扉前で、立ち回りをああでもないこうでもないと考察する。どうにかしていけると確信したい。不安は高まるばかりで胸が痛みを訴えていた。
これで行くか、と顔を上げた時、グレーテはそれに気づいた。角からこちらをただ眺めている存在がいる。
「……蛇?」
それは小さい。小さくて体が白いということぐらいしかわからない。
「……」
じっと見ていると、その蛇はすっと引っ込んでいった。
「倒さなくてもいいかしら」
大事の前の小事。グレーテはしばらくその蛇のことが気になっていたが、すぐにそれどころではなくなった。
「我に敵を穿つ力を与えよ! 剛力!」
グレーテは扉を開ける前に巻物を一つ読む。そして、扉を開けた。
開けた途端、牛頭の怪物がこちらに視線をくれる。そして、一歩ずつこちらへと進んでくる。
グレーテは足元に回復コインを叩きつけるようにして設置した。
「雷よ、わが敵に鉄槌を下せ。降れ、迅雷!」
轟音と共に雷が牛頭に降り注ぐ。
牛頭の怪物の背後から各階層で見かけた化け物が複数現れる。
「猛き風よ、わが敵を打ち払い給え。唸れ、爆風!」
爆風の巻物でそれらを一掃する。
ダメージを受けつつ、ずんずんと牛頭が進んでくる。グレーテはその歩みを止めるべく、一時しのぎの杖を振った。
だが、牛頭は止まらなかった。
「え⁉」
グレーテは当てが外れて戸惑ってしまう。その内に、牛頭はすぐそこまで来ていた。
グレーテは焦りながら、かばんに手を突っ込んで草を取り出し口に含んだ。口に苦みが広がる。辛みが来ると思っていたのに、違う。口に含む草を間違えたのだ。
グアアアアと低音の唸り声とともに、牛頭が手にした斧を振り下ろしてくる。
斬られる! とグレーテは身をすくませながら、体を反らせる。
斧がグレーテの体表面を撫でるように掠める。ピリッと痛みが走る。
動く! とグレーテは我がことながら驚く。もう完全に切られたものと思っていたが、受けた傷はわずかだった。痛みに動揺するよりもそのことに安堵した。
続いて下ろされた斧も寸出のところで避け切れた。グレーテは自分の運動神経がそこまで発達しているわけではないと知っている。
これが、あの正体不明の草の効果だと知れた。あの草は食べた人間の動きの素早さを上げるのだ。
グレーテは、かばんに手を突っ込んでコインを取り出した。そのコインを牛頭に向かって投げつける。辺りが閃光に包まれる。
牛頭の視界を奪った隙に、グレーテは回り込んでハルバートを首に叩き込む。
攻撃を避けながら閃光コインで視界を奪いつつ、こちらの攻撃を当てる。グレーテはそれを閃光コインが尽きるまでやった。
コインが尽きた後は、火魔法の杖を振って閃光コインの代わりにする。
それを繰り返していると、牛頭の動きが大分鈍ってきた。このままいける! と確信していると、牛頭が急に素早く大きく振りかぶってきた。予想外の動きにグレーテは避け切れず、一太刀食らう。
「いっ……!」
痛みを感じるが、悶絶している暇などない。かばんに手を突っ込んで草を取り出す。それを口に含むと、今度こそ狙い通りの辛みが口に広がる。
口を開くと、ボッと火が一直線に走り、その火が牛頭を包み込む。
それがとどめの一撃となった。




