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「お前には史学の教師をつけたはずですが、どうして今知ったような反応をしているのです? 他家との付き合いを考えれば、歴史を学んでいないと難しいとわかるでしょう……?」
「いや、あの……」
母の叱責にブルースは追想から我に返り、たじたじとなる。そんなブルースの横でじっと大人しいのは、妻のロザーナだ。彼女は特に助け舟を出すこともなく、ただ黙ってお茶を飲んでいる。
ブルースはこの普段から大人しい妻のことを好ましく思っているが、決してエルヴィーラには逆らわず時にはブルースよりもエルヴィーラを尊重するところだけは不満に思っていた。
今、黙っているのもエルヴィーラを尊重してのことだろう。
ブルースの妻ロザーナはエルヴィーラの実家の家門から出てきた娘である。
エルヴィーラもロザーナもプラウドの内部、王都に近い位置にいる貴族家の出身だ。だからこそ、ブルースはエルヴィーラがメディナにつけと言い出したことに驚いたのだ。
「我らがメディナについてしまうと、母上のご実家が肩身の狭い思いをしませんか」
「そのようなこと、気にせずとも良いのです。というより、私の実家を心配するのなら、その心配がなくなるように動きなさいな」
「ええ……」
無茶を言ってくれる、とブルースは辟易とする。
「そうですね……まずはつながりのある家々に連絡を取って、今後の話し合いをする機会を設けましょうか」
エルヴィーラの言葉に、ロザーナがうなずく。これまでただ大人しく席に着いていただけだったのが、エルヴィーラの言葉には反応を返した。こういう妻の行動に、ブルースはイラっとするのだが母に対して嫉妬をするのも不毛だとも感じている。
母を凌駕するだけの能がない。とブルースは自身に対して不甲斐なく思う。嫉妬の底にあるものの正体をブルースは本当は理解していた。
グスタフが妻をないがしろにする間、妻の方は子供の教育に熱を上げた。その成果がしっかりと上げられたかは本人の資質と努力の問題でもあるので、この際置いておく。
母が子に熱心に教育をした結果どうなったかと言うと、子は母に対して敵わないと畏怖の念を抱くようになったのだった。グスタフが勉学を多少不真面目にしたのは、そんな母へのわずかばかりの反抗心の表れでもあった。
「失礼します」
家族だけの席に使用人の声が割って入る。その声にはどこか焦燥が滲んでいた。
「どうした」
ブルースは入室を許し、彼の報告を聞こうとした。
「お嬢様の姿がどこにも見えません」
「え」
「ええええっ!」
ロザーナは小さく、ブルースは大きく声を出して驚く。
落ち着きなさいと母の声がするが、ブルースはそれに構う暇はなく、どういうことだと追加の報告を促す。
「お嬢様は願をかけたいと仰られ、祠へと向かわれました。その後、屋敷にお戻りになったのですが、侍女が一旦部屋を出てから再び戻ったときには、お姿が見当たらなくなってしまったのです」
「祠……? 一人で祈願しろというあそこか? まさか本当に一人で行ったわけではないよな?」
「はい。侍女と護衛をつけて向かわれて、そこから特に何の問題もなくお戻りになったそうなんですが」
「祠の試練」
それまで黙っていたグスタフがぽつりと喋ったので、ブルースは振り返った。
「父上、何かご存知ですか?」
「あそこは規定を満たさないと中に入れない。だが、純粋な願いを持つものを中に入れようとしてくる。グレーテが祈願したことで、グレーテのことを認知したので、導いて招き入れたのだろう」
「そもそも試練って何ですか?」
ブルースの言葉にグスタフは目線を合わさないまま、言葉を続けた。
「お前は試練に乗り越えられるような気性ではないと思ったから、言わないでおいた。あそこは願いを叶えてくれるが、無理難題のような試練を課してくる」
「一人でナイフ一本で向かうと願いがかなえられるというジンクスですか⁉ あれは本当のことなんですか!」
「ああ。あれの奥は廃鉱を元にしたダンジョンになっていて」
「ダンジョン⁉ グレーテはダンジョンに行ったのですか⁉ あの子は戦闘なんてできませんよ!」
ブルースは愛娘の身に起きたことを知り、さらに動転する。グレーテは子供の頃は活発で兄の影響で木に登ることもあったが、それでも剣など武器の類を持たせたことは一度もない。
「今すぐ、救出に……」
「行っても出会えん。あそこは一人で行くことが決められている。規定を満たさないとそもそも中に入れない」
「どうすればいいんですか!」
「待つしかない」




