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7 豪放磊落の経年劣化

 グレーテはベッドを前にひたすら逡巡していた。

「うう~~~~っ……」

 やったことのない獣への格闘で疲れ切った体に、休息を入れてしまえば時間制限のことなど忘れて完全に寝てしまう。

 だが、すでに疲れはピークに達していて、休息も無しにこれ以上動き回れる気がしない。

 ご丁寧に閉められる扉。つかの間の安全は得られそうである。


「~~~~っえい!」

 グレーテは勢いをつけてベッドに腰掛けてみた。以外にも埃は立たない。


 ポーン


 軽快な音が聞こえて、何事⁉ とグレーテは辺りを見回す。自然界に存在しているような音ではない。聞いたことのない異音にグレーテは怯える。


『探索を一時中断し、休みますか?』


「はい⁉」

 目の前に謎のメッセージが出現し、グレーテは当惑する。


「寝ていいんですの? ……信じていいんですのね⁉」

 罠かもしれない。そんな疑いが拭えないが、グレーテは体を横にした。

「こんなところで、寝れるわけ……」

 そんなことを呟いていたが、目蓋は重くなり、意識を手放していた。



「ここは、休憩するのも気が楽だねぇ」

「ああ、時間制限の話?」

 食事をとって、しばらくゆっくりとくつろいでいるとバネサがそう語り出す。

「制限性のあるダンジョンは休む場所も所定の場所でないとできないようになってるのさ」

「きっつ」

 聞けば聞くほどに、その制限性ダンジョンへの関心は薄れていくユリシーズであった。

「そんなとこ、わざわざ攻略に行こうと思う人、あんまりいないんじゃない?」

「そうだねえ。大体どこも静かなもんだったね。グーダルみたいにダンジョン都市として売り出してるとこはなかったねえ」

「じゃあ、なんで」

「本当に試練ありきの場所なのさ。そして、そういうダンジョンは挑む人間を選んで呼んでしまうんだよ」

「ええ……」

「私が言いたいのはつまり警告だよ。まず近づいてしまうと勝手に招かれかねないから、怪しいとこには最初から近寄らないようにするんだ」

「うん。わかった」

 バネサの言葉に、ユリシーズは神妙にうなずいたのだった。



 シシー辺境伯家別邸。ここは先代辺境伯夫婦が過ごしている。グレーテの父、ブルースは先代夫婦に報告のためここを訪れていた。

 お茶でも摂りながら、と先代夫人エルヴィーラの言により席が用意される。そこにブルースは妻と共に着座する。


 お茶など……とブルースは思うのだ。用意されるのはそこらの草木を乾燥させたもの。ものによってはとても青臭いし、大概が苦みがあるもの。ブルースはお茶などより酒の方がよっぽど口当たりが良いと思っていた。


 思えど、それは口には出せないのだが。


「おい。酒を出してくれ」

 そう要望を口にするのは、先代辺境伯グスタフである。

「あなた、お酒は夕方になってからでしょう」

 エルヴィーラはやんわりとその要望を拒絶する。グスタフはふてくされたような渋面を見せていた。


 そんな父の姿を見てブルースはどこか情けない気分になる。グスタフがまだ現役の辺境伯だった頃は、いつでも悠然と構えて、大きな声で一喝しては周囲を従えていたのだが、今では妻に逆らえなくなってしまっている。

 それでも、時々我慢できなくなってか、酒を持って来いと叫ぶそうだが、エルヴィーラは動じず従うことはない。

 グスタフは手を組んでいる。そうしていないと、勝手に震えるんだそうだ。よく見ればそれでも震えているのだが、ブルースがそれを指摘することはなかった。



 お茶請けにと軽食や菓子が並ぶ。ブルースは内心ほっとして息を吐いた。苦みあるお茶だけ出されるよりかはよっぽどいい。舌が苦みから救われる。ブルースは塩気ある軽食を早速つまんだ。


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