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6-2

 それからもグレーテはどうにかこうにか迫りくる敵を倒していった。

「効率が! 悪過ぎ、ますわ!」

 グレーテはさすがに苛々していた。自身の非力は元より、武器が彼女の片手に収まるほどの大きさのナイフである。

「攻撃範囲が、狭すぎ、ますのよ! いちいち、接近しないと、倒せない、じゃ、ありま、せんの!」

 イライラを口にしながら、一呼吸ごとに攻撃を繰り出す。


「……なんとかなりましたわ」

 ねずみウサギもどきを簡単に倒せるようになった後、野犬のような獣との対峙もどうにかこなせるようになってきた。

「犬だと思うと心苦しいですわ」

 グレーテは子犬が大好きだった。自分で飼えないまでも、隙あらば触れ合う機会を求めていたくらいである。


「もう! こんなところ、うんざり!」

 グレーテは鬱憤をごまかすべく、声を出す。

「あら。これ何かしら」

 現れたのは、ずんぐりとした木の棒である。片側は太く、片側は握れるように細くなっている。

「これがアイテムというものですわね。早速使わせていただきますわよ」

 グレーテはその棒を握る。

「……これはもしかして、棍棒というものではありませんの?」

 グレーテは知識でしか知らなかった武器を初めて手にする。


「これは! 使えますわ!」

 ぶん、と振ってみて、グレーテはカッと目を開く。

「ナイフより断然、攻撃範囲が広がりますわ! ありがたいですわ~~!」

 棍棒を手にグレーテはキャッキャと喜ぶ。意気揚々と棍棒を手に歩き出して、ふと我に返るのだ。


 私、カトラリーや扇の他より重いものなど持ったこともなかったですのに……


「……この棒にはなぜ釘が打ってありますの?」

 グレーテは再び現実に戻り、その棍棒に対し疑問を持つ。その疑問に答えてくれる者はいない。

「鉱山の記憶より出づるアイテムですか。これも誰かが使っていたものなのかもしれませんわね」

 誰かが使っていたものと考えると、また嫌な想像をしてしまいそうでグレーテは考えるのを止めた。



「喉が渇いてきましたわ……」

 飲み水をどうするべきか。あの男は特に言及してくれなかった。ということは、飲み水に困ることはないということではとグレーテは想像する。


「! ありましたわ!」

 グレーテは目の前に現れた水場に喜んで駆け寄る。岩から漏れる水を掘られて作られた穴が受け止める。その穴からあふれた水はさらに下に掘られた溝が受け止めて流れていく。

 岩の縁にはご丁寧に木のカップが添えられていた。

「いかにも、な見た目ですが、飲んで大丈夫でしょうか……」

 グレーテの知識の中には、鉱山から出る水には毒が含まれていることがある、というものがあった。


 だが、グレーテは喉の渇きに勝てなかった。カップに水を汲み、それを口に含む。

「甘い……!」

 冷たい澄んだ水が彼女の喉を通り、潤していく。

「美味しい……美味しいですわ……」

 グレーテは一口ごとに、その水を味わって飲んだ。


 喉の渇きが癒えて、グレーテはようやく人心地ついた。はあ、と息を吐く。そしてようやく思考が回りだす。


 ダンジョンに生かされている。生殺与奪の権を握られてしまっている。

 お前が死ぬところはここじゃない、と言われている気がしてくる。

 喉の渇きなどで死なせはしない。だが、他に困難は用意してある。

 そう言われている気がしてくるのだ。


「この水飲み場もかつての鉱山の記憶から作られたものでしょうか」

 グレーテは暗い方へ落ち込みそうな思考をわざと逸らした。

「こんなとこでも、生活しようと思えばできるものなんですのね」

 グレーテはこれまで、何かを考えて飲食したことなどなかった。生活するのに考えて何かを選択することなどなかったのだ。こんな水ひとつ飲むのに思考することなど、考えられなかった。


「私、これまで恵まれてたんですのね……」

 そう思うが、それで本当に幸せだったのか、とも思う。どうして幸せだったと言い切れないのか、その湧いた感想の深層にまでたどり着けていないグレーテは答えが出せなくてモヤモヤしていた。


「さ、行きますわよ!」

 このままここでゆっくり休みたいところを、グレーテは己を鼓舞して足を進めた。ここで休んでしまいたい、となるのはこれもまた罠の一つだろうとグレーテは考える。時間切れも気にしなくてはいけないのだ。本当に気が抜けない、とグレーテは思う。

「寝たいときはどうするんですの⁉」

 気づいて、グレーテは思わず叫んだ。寝るときくらいは手加減が欲しいとグレーテは思う。



「ここはまだ時間切れを気にしなくていいから、楽だねえ。まあ、後々きつくなってくるのかもしれないが」

「時間切れ?」

 バネサの言葉に、ユリシーズは首をかしげる。

「そういう制限があるダンジョンがあるのさ。一つの階層に長い時間居れないように設定されている。時間を過ぎると強制的に戻されるのさ」

「戻されるってどこに?」

「ひとつ前の階層の時もあれば、ダンジョンの入り口なんてのもあったねえ」

「えええ~。キッツ!」

 ユリシーズはバネサから語られた別ダンジョンの話に正直な感想をぶつける。

「入り口まで戻されるダンジョンはそれまで得られた経験値も吹っ飛ばされる仕様でねえ」

「きつすぎるよー」

 別のダンジョンの話なのでユリシーズはまだ笑って聞いていられる。


「ここは、悪魔ダンジョンかい?」

「悪魔? うん。会ったけど」

「直接会ったのかい!」

 悪魔と聞いてユリシーズはアロイスを思い出す。最近会ってないけどどうしてるんだろうかと思う。

「ダンジョンできた時にわざわざ出てきたんだよ」

「はい。大勢の前に出てきて自ら宣言してましたね」

「そうなのかい。ダンジョンができた時に立ち会うなんて滅多にないことだからねえ……」

「そうなんだ……」

 他所はどういう経緯でダンジョンができて認知されていくんだろう、とユリシーズは思う。


「まあ、ダンジョンには悪魔が作ったものと天使が作ったものがあるんだ。それで、天使が作ったものは、悪魔が作ったものと比べて格段に難易度が高いとされていてねえ。時間制限がある奴なんかは大抵天使の作さ」

「へえ~」


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