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6 地獄を行くもの

「行きなすったか」

 男はグレーテを見送ると、自分も次の階層に進むべく階段を降りていく。この階段は一人ずつしか降りられない。男は経験でそれを知っていた。

「……やはり、か」

 男が降りた先には誰もいない。想像通りの結果を男は受け止める。降りた先にグレーテがいてくれれば、まだいろいろと教えられたのだが、それは叶わない。このダンジョンには時間制限があって、教えることを困難にしてくれる。


 ダンジョンを進んだ先で、再び彼女と出会えることを願いつつ、男は一人歩いていく。

「お嬢さん、がんばるんだぞ。地獄を行くものだけがつかめる何かがあるのだ」

 男は独り言ちた。



「はあ……」

 階段を降りた先で、グレーテは一つ大きくため息を吐いた。


 心細さで胸が押しつぶされそうである。それをごまかし、しょうがないですねやれやれと己をごまかすために大きくため息を吐いた。


 とりあえずは! とナイフを片手に装備。これでいつでも迎撃する、と身構える。


「まずは、ですね……」

 先の階層で出会ったのと同じ見た目の獣だ。あのずんぐりした丸い体にぱっと見で見えない短い手足、ウサギとねずみの中間のような獣だ。

 よく見ればかわいいのかもしれないが、威嚇して牙をむいて、しわだらけの顔ではそうは思えない。この獣が攻撃してくることはわかっているので、グレーテも遠慮なく獣に刃を向ける。


「あ、あら……?」

 グレーテは戸惑っていた。獣に全然攻撃が当たらない。スカッと空ぶってばかりである。

「どうして?」

 戸惑いつつ、獣からの体当たりなどを避ける。グレーテは傷つきたくないので、獣の攻撃から必死で逃げ回る。


 さっきは攻撃が当たっていたのに、と男に指導されていた間のことを思い出す。そう言えば、攻撃のタイミングは男が指示をくれていたのだ。グレーテは考えずに言われたタイミングでナイフを出せば攻撃ができていた。


 どうしましょう、とグレーテは悩む。どうにかして攻撃を当てなければいけない。だが、グレーテの攻撃は避けられてしまう。


 しばらく、互いの攻撃を避け合う時間が続く。


 グレーテははっと気づいた。この獣が向かってくるタイミングでナイフを突き出せばいいのだ! と。

「えい!」

 ようやく、獣に刃が当たった。何度目かの攻撃でようやく倒すことができた。



「つ、疲れましたわ……」

 片が付いた時、グレーテの息はすっかり上がってしまっていた。はあはあと乱れた呼吸を整える。


 先はまだまだ長い。



「ユリシーズ、うっかり間違ってダンジョンに入った人がいたとして、その人のことはどうするんだい?」

「うん?」

 ダンジョンを行く中、バネサがユリシーズに話しかける。

「その間違って入った人のことはそのまま捨て置けないんだろ」

「え、うん。そりゃあ助けないと」

「その助けるのは、誰がやるんだい」

「ええ? そりゃあ、他のダンジョンにいる人……」

「他の探索者だね。彼らは、本当にその人を助けてくれるかい?」

「ええっと……」

 バネサに問われて、ユリシーズは改めて考える。当然、と思って考えていたことが、実はそうではないと問答で気づかされる。


「助ける側にメリットがないとダメってことか。そんな無償でやってくれるのなんて、よっぽどいい人じゃなきゃあり得ない、か」

「ああ。それも、相当な実力者じゃないと他人を助けるなんてできないね」

「うーん。グーダルのダンジョンはその辺どうなってた?」

 ユリシーズはこういうことは素直に他のダンジョンを参考にしよう、とカミロ達に尋ねる。

「えーと、確か討伐依頼と同じような報酬が出てたような……」

「ふむ。討伐と似た難易度ってことか」

「はい。それも、深い階層の救出ほど、高い報酬が出てたと思います」

「なるほどね。その報酬は運営費からかー。運営が軌道に乗るまでは、どっかから補填しないとだな~……」

 税金の無駄遣いにはなりませんように、とユリシーズは考えながら思い悩む。ダンジョン運営のための費用の捻出という課題と向き合うも、しばらくは領地からの持ち出しになりそうである。なんとかして収入を確保せねば、と頭を悩ませる。


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