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フェザースティックなる火口の作り方を練習しながら、グレーテは私は一体何を……? と疑問が浮かんだ。
気軽な気持ちで状況が好転すればいいなとお祈りをしたつもりが、何故こんなことに……? と疑問が尽きない。それでも自分を思って熱心に指導をしてくれる目の前の男性を慮ってグレーテは手を止めなかった。
「ふむ。中々器用だ。初めてにしては上出来だ」
「ありがとうございますわ」
次に火打石を使っての着火の練習だ。何度も挑戦し、火花が見え、無事に火をつけることに成功した。
「では、この肉を焼いていこう」
指導されながら肉の位置を変えたりして焼いていく。
「どうだ? 食べられそうか?」
「はい、なんとか……」
調味料があるわけでもないので、素材の味そのままの肉を咀嚼する。
グレーテ達の間を一陣の風が吹いた。
「こんなところで風?」
「……この風は、報せだ」
「報せ? これは何か意味があるんですの?」
「ああ。このダンジョンは一階層にいつまでも滞在していられるわけではない。三度風が吹くと前にいた階層に戻されるのだ」
「えっ」
「ここは一番最初の階層だから、最初にいた場所に戻されるだけだが、我らは確実にはぐれるだろう」
「え」
「お嬢さん、急ぐぞ! 今から敵の倒し方、ダンジョンの進み方を教えていく」
言うと男は急いで立ち上がり、手早く火の後始末を済ませる。グレーテは慌てて持っていた肉を口に押し込み、咀嚼した。
「では、行くぞ」
「ふぁ、はい!」
男が道を指差し、進んでいくのにグレーテはまたついていく。
「そこでナイフを突き出す!」
「はい!」
「そうだ! 脇は開かない。ナイフの軌道は真っ直ぐ最短に!」
「はい!」
男の指導に従い、グレーテはナイフを突き出す。肉を断つ感触に嫌がっている余裕は失われた。
「あの獣は、頭が硬い。ナイフの刃では太刀打ちできないので、狙うのは胴だ。正面から立ち向かうときは肩口から袈裟切り、または素早く腹を突きだ」
「はい!」
出会う獣の特徴なども教わる。しかし、その獣も階層によって違うらしい。
「ふむ。アイテムが出たか。お嬢さん、アイテムは積極的に使いなさい」
「これは、なんですの?」
「それを知るために使うのだ。正体がわからないものは使うのにためらいが生じる」
「ええと……」
「これは金貨。置いたり投げたりして使う。試しに投げてみなさい」
「は、はい」
魔物が出てきたのでグレーテは投げつける。上手く投げられず、金貨は随分手前で着地した。
金貨が地に接した途端、爆裂した。獣は、巻き込まれて爆散したようだ。グレーテは思わずきゃあああと叫んだ。
「怖すぎますわ!」
「そうだろう。わからないということは怖いものだ」
「そういう怖さじゃありませんわ!」
「これは、巻物。基本は読んで使う。しかし、例外的に読んではいけない巻物もある。先ほどの爆裂した金貨の爆裂がより大きい衝撃が起きるものだ」
「恐ろしすぎます」
「この巻物は灯火の巻物。階層の地図になるものだ。次の階層に進んだ時に読みなさい」
「はい……」
「とりあえず、この袋に入れなさい。その辺で拾ったものだが、ないよりはましだろう」
何かの原料袋だったものに紐をつけて肩から下げられるようにしたものを渡される。手ぶらでポケットに火打石などを入れていたグレーテはようやく腰元のゴロゴロした感触から解放される。
「この床に生じた紋様。これは罠だ。罠の種類によって紋様が変わる。とりあえず、最初は踏まないようにしなさい」
「……? 最初は?」
「例外的に積極的に踏むべき罠は落とし穴の罠だ」
「落とし穴って落とされるんじゃないですの?」
「次の階層に進めるのだ。もちろん、落ちた衝撃はあるし、落ちた先の安全は未確認だがな」
「よくわかりませんわ」
「先に進んでいけば意味が分かるようになるだろう」
なんだか妙に高度なことを教わった気がするが、グレーテには理解しきれない。
杖や杯などの出てきていないアイテムについても口頭で教えてもらうが、覚え切れる気がしない。グレーテはとにかく素直に聞いて頷くしかない。
「……これは」
「この階段が出てくれば、次の階層に進めるのだ」
「そうなんですの」
「儂が教えられることはもうない」
「早すぎますわ!」
グレーテは思わず叫んだ。
「私、これから一人で行かねばならないんですのよね⁉」
「そうだ」
「一人でやっていける気がしませんわ!」
「気持ちはわかる」
グレーテが声をあげながら反抗していると、再び風が吹いた。先ほどよりも強い風だった。
「もう幾らもしない内に次の風が吹くだろう。一回目の風と二回目の風の間隔と二回目の風と三回目の風の間隔は違うのだ。一回目の風が吹いた時点で次の階層を目指す行動をしなければいけない」
「……どうあっても、これ以上は無理なんですのね」
グレーテは時間切れを示されて、納得した。納得するより他なかった。
「……お名前を教えてくださいまし」
グレーテは男の名を尋ねた。男は口を開きかけて、一旦止まった。
「それは後に取っておこう。旅に出るときには心残りを一つ置いておくといい。部屋などをきれいに片すのではなく、一か所だけ乱して部屋を出るというのを聞いたことはないかね」
「はあ」
「だから、儂の名前は次に出会った時にお教えしよう」
「はい」
男が提示した次の約束は再開を願ったものだと気づき、グレーテはうなずきながらわずかに笑みがこぼれた。
「色々ありがとうございました。それでは、行ってきます」
グレーテは男に見送られながら、階段を降りていった。




