5-2
「このままお嬢さんを一人で行かせて犬死にさせるわけにもいかない。儂が教えられることはすべて教えよう」
「犬死に……」
グレーテが犬死にという言葉の響きに引いている一方、男はどう見ても深層のご令嬢の彼女をどうやってダンジョンを攻略させられるよう教えていくかで頭を悩ませていた。
「……よし、まずは手始めに火起こしから」
「火起こし⁉」
男の口から出てきた予想外の言葉にグレーテは声がひっくり返る。
「……お嬢さん、生肉を食べた経験は?」
「そんなものありませんわ」
「そうだろう。そして、人間が何も食べないで行動できる時間なんてない。こんな環境で食の好き嫌いなども言ってられない。かと言って生食はお勧めしない。消化にも悪いし、嚙むにも時間がかかる。なので火起こしだ。癖のある肉も食べやすくなるし、熱による殺菌効果も期待できる……」
「あの、待ってくださいまし。それはつまり、これからご飯の作り方を学ぶってことですの?」
「そんな大層なものではないが。まあ、生き抜くためには食の問題は避けて通れない」
「ざ、材料は」
「現地調達だ」
「や、やっぱりーーー!」
「まずは石を砕くための金槌を現地調達する」
「石⁉ 金槌⁉」
「ここは元鉱山跡、金槌などの道具が出現する」
「……道具などを置き去りのまま閉山したんですの?」
「いや、恐らくはダンジョンからの生成物だ。鉱山としての記憶を読み取って再生産されているのだ」
「……よくわかりませんわ」
「論より証拠。まずは見てもらおう」
男が歩き出したのでグレーテはその後をついていく。
「ひっ!」
グレーテ達の前に再び獣が現れる。現れたのは野犬そのものの見た目の獣だ。先ほどのずんぐりしたねずみもどきよりも素早く動き、猛然と迫ってくる。
慌てるでもなく男が切って捨てる。グレーテは男がいつ構えたのか気づかなかった。男が帯剣していたことにも気づいていなかった。
「……出なかったか」
「……何がですの?」
「アイテムだ。魔物を倒すとアイテムを得ることがある」
「そうなんですの」
アイテムが何かはわからなかったが、グレーテはとりあえず頷いた。
「犬か。まあ、食えなくはないが……」
「……」
男の言葉に察するものがあったが、グレーテは黙っておいた。
先を進んでいた男がぴたりと止まる。
「お嬢さん、これを見なさい」
「壁?」
男が壁を指差しているのだが、グレーテには意図がわからない。
「この石の中のこの部分、色が変わっているのがわかるな? これが火打石だ」
「……はあ」
「今は、道具がないので掘り出せない。この場所を覚えておいて、今は道具を探そう」
「……火打石を、掘る?」
首を傾げながらグレーテは男についていく。
「ふん!」
何度も目の前で獣を倒されていると、だんだん悲鳴をあげる気力も失われたグレーテである。
「お嬢さん、今からこいつをさばくからやり方を見ときなさい」
「……はい」
グレーテは父や兄が獲物をさばくのを見たことがあるが、遠巻きに距離をとってでしか見たことがない。生々しい光景を目を逸らすことも許されず、間近で直視しなければならない。
「お嬢さんも後でできるように、しっかりと見ておくのだぞ」
「……ぅぅ」
グレーテは最早呻き声も小声でしか出せなくなっていた。
「あったぞ! 金槌だ!」
「はい」
何本目かの横道に入り、その先にあった小部屋のような空間で長櫃を探り、言われていた金槌がようやく発見された。
「これも木材として使う」
「え? あ、はい」
金槌が入っていた長櫃が壊されていく。グレーテは最早驚きもなく、目の前の光景を受け入れていく。
「これを掘り出すのだ」
火打石のあった場所に戻り、男が掘り出していく。途中で交代するように言われ、金槌を握らされる。
金槌の衝撃がなんだか手に痛いように感じてしまうグレーテだ。
「掘り出せたら、これを使って火起こしを行う」
男は長櫃を解体して作った木材の先端をナイフで細かく裂いていく。男が使っているナイフは、先ほどから野犬を倒したりしているものだ。剣と小刀の中間の大きさだ。獣の解体もこのナイフで行っていた。
「その金具はなんですの?」
「先ほどの長櫃からとったものだ。これを火打金にする。これと火打石を叩き合わせて火花を作り、木材に火をつけるのだ」




