5 修行タイムアタック
「よいしょっと」
ユリシーズは鹿形の魔物の突進を避けて、すれ違いざまに剣を当てる。首に一太刀食らった鹿はそれで倒れる。
「あんた、狩りに慣れてるよね。倒すのにためらいがない」
その様子を見ていたバネサが言う。
「そりゃあ、そういうお国柄だから。男子たるもの、狩りができて一人前。家長たるもの、肉を切り分けて分配できなければいけないって、さばき方まで習得させられるからね」
「それでですか」
トニア達は幼い姿のユリシーズが迷いなく獲物をさばいていったのを思い出しながら納得し、うなずいた。
「鹿肉か……」
「今は食料に困ってないだろ。荷物を増やし過ぎても後が困るよ」
ユリシーズは狩った獲物を見ているとついさばいてからの保存を考えてしまう。それをバネサが諫め、先へ急ぐことを促す。
「今日はなるべく早く深い階層までたどり着けるかをやるんだろ? こんなとこで立ち往生してられないよ」
グレーテは死んだ獣を前に、その場にうずくまって動けなくなっていた。流れて溜まる血の光景と臭いに打ちのめされて、涙が止まらなくなっていた。
グレーテは辺境住まいである。グレーテの周りの男達、父や兄は狩りを嗜み、女達はそれを見て育つ。辺境に住まう人間にとって狩りとは身近なもので、なくてはならないものだ。
「グレーテ。お父様達の狩りをよく見ているのですよ」
グレーテの母はグレーテにそう言って聞かせた。
「こんな野蛮なことを引き受けてくれる人がいてくれるおかげで、私達の口にお肉を入れることができるのですよ」
グレーテの母は、王都の中心に近い位置の出身の貴族だった。王都とは文化と違う辺境へと覚悟を持って嫁いできた身である。そのため、王都の貴族達がすることはない獲物の解体も覚悟を決めて見守ることができた。
だが、元々そんな文化がないところから嫁いできた身であるため、言葉選びに問題があった。狩りを必要なものと言いながら、『野蛮』と断じてしまっていた。
グレーテの脳に狩りとは野蛮なものと刻まれるに至った理由である。
グレーテも頭では理解しているのだ。野蛮だと思っていてはいけないと。だが、理屈と感情はまた別であった。
どれくらい時間が経ったか。このままここでうずくまっていてもどうにもならないと彼女もわかっているが、それでも動き出すことができない。無音の空間に彼女の鼻をすする音が響く。
グレーテははっと顔を上げた。どこかから足音のようなものが聞こえた。耳を澄ませて足音だと確信する。近づいてくる人の気配に、ここから逃げるべきか逡巡した。
「! ……お嬢さん! ここに入って来なすったか」
「……あなたは」
現れたのは祠前で箒を片手にグレーテに話しかけてきたあの男だった。
「あんな大勢で訪れて、それでもここに入れたのか⁉」
「……私、落し物をしたのです。それで慌てて一人で戻ったのですわ」
「なるほど……お嬢さん、あなたは本来一人で行動するようなお人ではない。それが、こうして今一人過ごしているということは、あなたはここに来るべくして導かれたのだ」
「導き……私がここに来ることは誰かの意思であると?」
「ああ。ここは、もう長いこと儂以外の誰かが訪れることはなかった。それは、このダンジョンの本意ではなかったのだろう。ここはもっと誰かに攻略されたがっているのだ」
「……ダンジョン? ここはダンジョンなんですの?」
男の言葉から真実を知らされたグレーテはさっと顔を青褪めさせる。
「ああ。それも、本来は一人での挑戦を求められる高難易度ダンジョンだ」
「わ! 私、剣なんて扱えませんわ! 体術なんて知識でしか知りませんのよ!」
「であろうな。だから、儂がここに遣わされたんだろう。あなたが一人でダンジョンを歩けるようにと」
「一人⁉ 私、ここを一人で行かねばなりませんの⁉」
「ああ。我々が一緒に行動しようとも、きっと、この階層から次の階層に進んだ時に強制的にはぐれさせられる。ここはそういう性質のダンジョンなのだ」
「そんな……」




