3 試練の時へ
グレーテは目を瞑り、祈りの姿勢をとる。グレーテが思い浮かべるのは、イリアスとの幸せな結婚だ。誰もに祝福されている。グレーテにとってあるべき正しい姿だ。
その時、祭壇奥の扉が開いていく。グレーテは目を瞑っていてそれに気づいていなかった。扉から光が漏れている。グレーテがその光を目にすることはなかった。
グレーテは祈りを終えて、目を開ける。
「え? あら?」
グレーテが見た光景はそれまでの景色と一変していた。
「……どこ、ここ?」
先ほどまで祠の前にいたはずなのに、それがどこにも見当たらない。広々とした洞窟に、道らしく歩きやすいように石が敷き詰められている。壁際にはポツンポツンと灯りが備えられていて、最低限の明るさを保っていた。
そんな景色が奥の方まで続いている。
「ど、どうして……?」
振り返れども、後ろにも似た風景が広がっているだけだ。グレーテが漏らす疑問に答えるものはいない。
「なんでーーーーー!」
グレーテは令嬢らしからぬ大声で叫んだ。
「バル、ちょっと付き合って」
ユリシーズはバルドーを相手に剣を構えて鍛錬の時間をとっていた。
「珍しいな。自分から鍛錬をしたがるなんて」
「ちょっと試したいことがあって」
ユリシーズとバルドーは互いに距離をとって、剣を上段に構える。
「いつでもいいぞ」
バルドーは打ち込んで来いとユリシーズに促す。ユリシーズはうなずく。ユリシーズは一旦目を瞑って、深く息を吐いた。ユリシーズの腕輪が光る。
「おお!」
バルドーは感嘆の声を上げる。バルドーの前に現れたのは、バルドーの姿に身を変じたユリシーズだ。鏡のように同じ姿の人間が向き合っている。
「行くぞ!」
バルドーの姿のユリシーズが宣言と共に打ち込んでいく。
剣同士がぶつかる硬質な音が響き渡る。しばらく互角の打ち合いの時間が続く。
「ちょ、ストップ!」
ユリシーズが声をあげて、バッと後ろに飛び退いた。バルドーは動きを止める。
「あ~~……」
ユリシーズが出した声には疲労の色が漏れていた。ユリシーズの姿が元に戻る。
ユリシーズはその場にへたり込んで立ち上がれない。
「どうした。随分な疲れようだな」
バルドーが声をかけるが、ユリシーズは中々答えられない。はあはあと息を荒げている。
「うん。……大分、わかってきた」
呼吸を整えたユリシーズが呟く。
「何がだ?」
「この、変身能力。ただ姿を変えるだけなら、そこまで大きな負担はないんだ。だけど、自分の能力を超えることをやろうとすると、めちゃくちゃ力を使う。それでこんな風に疲れるんだ」
「そうなのか」
側に控えてその様子を見ていたケントはユリシーズが癒しウサギに変身した時のことを思い出していた。ユリシーズはケントに対して癒しの魔法を使った後、気を失ったのだ。
あれはそういうことか、とケントは納得する。
「鍛錬は結構なことだけどねえ。あんた、何か忘れてないかい?」
彼らの元を訪れて、疲れ切っているユリシーズを見て呆れた声を出すのは、バネサだ。
「これからまたダンジョンに潜るんだよ。そんなに疲れてて大丈夫かい?」
「ああ……」
忘れていたわけではない。だが、ユリシーズは後悔が滲む嘆息の声を出した。
「まあ、そういう制限付きでダンジョンを潜るということも一種の修練にはなるね」
疲れが完全にとれないまま、重くなってしまった体でユリシーズはダンジョンへと向かう。そんなユリシーズを見て、バネサが彼女の知識を披露する。
「制限付きでダンジョンを攻略する……?」
「そう。大抵ダンジョンに挑むとなると、準備を万全に備えてやるもんだ。道具や武
器はいいものを揃えて、食料や水はしっかりと数日分持ち込む。だが、あえてそれをやらない。食料は現地調達。武器は持たないか、極小のもの。防具は着けない」
「ええ……なにそれ、しんどそう」
「あんたの軽装も割とそれに近いものはあるけどねえ」
「ええー。防具も武器も食料も用意してるよ」
「防具も武器ももっと重装備なのが普通だけどねえ」
バネサがユリシーズを見てそう評する。
「あんたの防具は皮だし、武器は軽いショートソードだし。まあ、あんたのスタイルには合ってるけどね。力でゴリ押しするタイプじゃないし」
「でも、そういうのって難しいですよね」
無自覚そうなユリシーズは放っといてケントは改めてバネサに尋ねる。
「そうだね。ダンジョンの潜り方への知識が必要とされる。ダンジョンの魔物や罠を利用するなど立ち回りを考える必要がある。初心者には無理だね。もちろん装備が揃えきれなくて、結果難易度が上がるってことはある」
「あ! それだ! 俺が最初苦労したのって、結局装備が揃えきれてなかったからだ!」
「それで苦労した経験があるんなら、普通は装備をもっとしっかり揃えようとするもんだけどね」
わかってるようでわかっていないユリシーズのことは置いといて、バネサの解説は続く。
「まあ、つまり、そういう本来より難易度が上がることをあえてやるっていう修練方法があるってわけ。そして、最初からそれが条件として設定されているダンジョンも世の中にはあるんだ」
「え、つまりそういう玄人向けのことを最初からやらされるってこと?」
「そう。持ち込める武器が制限されてたりとかね」
「ええー。そういうの、知らずに入っちゃったらめっちゃ苦労しそうだね」




