2 目に見えない導き
祠は大きな洞窟を利用して作られたようだった。その穴の奥に祭壇が備え付けられている。
侍女と護衛を洞窟の外に待たせて、グレーテは祠にひとり向き合う。
しんとした静謐な祠でグレーテは無心に祈りを捧げた。祠に向かう前はあれこれ願いを浮かべていたが、その時のグレーテは本当に無心だった。
結果、何に対して祈りを捧げたのかよくわからないことになったが。
ともあれ、祈りを捧げて満足したグレーテは家に帰ったのだった。
「お召替えの前に、お茶の手配をしてきますね」
「ありがと」
自室に戻ったグレーテを置いて侍女が部屋を出ていく。
祠に向かうにはいくつかの暗黙のルールがあった。服装は清潔で質素かつ簡素なものを。短刀を懐に入れておく。持ち込んでよい武器はその短刀のみ。祠に向き合うのは一人で。
グレーテはそのため、ごくシンプルなワンピースとケープを身に着けていた。
グレーテはケープくらいは自分で外そうと手を付ける。そこではっと気づいた。
「ない!」
いつも身に着けているネックレスが首元になかった。
「うそうそうそうそ」
グレーテは慌ててケープを取り外し、そこに引っかかってないかを確認。そこには無かった。
「どこ? どこ⁉」
自分の身にあちこち触れて、感触を確かめる。衣服には引っ掛かりが感じられない。そこにはない。
「どこ⁉」
自分の足元、床を見ていく。
「ない!」
部屋の床を見て回ったが、そこには無かった。
グレーテは今日の己の行動を振り返っていく。祠に向かう前の段階では確実に首元にあったのだ。祠に向かうためにこのワンピースに着替えた。その時に鏡を見て、自分の首元にネックレスがいつも通りあったのをグレーテは確認している。
「祠で落とした……⁉」
出した結論に、グレーテはさっと青褪める。
「さ、さ、探さなきゃ……」
わたわたと慌てながらグレーテは部屋を出た。
廊下を急いで通りながら床を見ていくが、そこに光るものは見当たらない。
屋敷を出て、地面を見ていくがそこにもなかった。
この時グレーテは慌て過ぎていて、誰にも声をかけていなかった。一緒に探してもらえば効率もよかったはずなのだが、そこを失念していた。
「誰かに拾われちゃったらどうしよう……!」
グレーテの懸念はそこにあった。このネックレスはグレーテは誰にも触れさせず、自分で取り外しをしていた。
このネックレスは数年前にイリアスから贈られたものであった。
グレーテは急いで祠に戻った。当初来た時はゆっくり歩いてきたのに、勢いに随分な違いがある。
「あ……あっ!」
きらりと光るものが見えて、グレーテは希望を見出し、駆け寄り、正に探していたものだと確信して笑顔がこぼれる。
「よかったあぁ~~~」
拾い上げ、取り戻した安堵からグレーテはその場にへたり込む。
「これがないと……」
グレーテは再び自分でそのネックレスを身に着ける。小さな石のそのネックレスは華美さもなく、本当に日常使いにふさわしいものであった。
「イリアス様……」
グレーテは手にとって小さな石を見つめながら、贈られた時のことを思い出す。
『大人になったら、もっとちゃんとしたパリュールを贈るね』
まだ幼気さの残る少年の笑顔と言葉にグレーテの心は温かくなったものだ。その言葉は二人の未来を約束した言葉で、贈り物自体よりもその言葉こそにグレーテは感動したのだった。
落ち着いたグレーテは改めて己のいる場所を自認した。
「……お祈りしとくべきかしら」
祈りを捧げる神聖な場で、こんな大慌てな姿をさらしたことへの罰の悪さ、申し訳なさも感じた。
グレーテは再び祭壇に向き合い、手を組む。その心には、先ほどまで探していたネックレスのこともあって、イリアスのことが浮かんでいた。




