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「行きますわよ!」
グレーテは護衛、侍女を引き連れて領地内の祠へと向かう。その祠は家から徒歩で行けるほどの距離にある身近な存在だ。
先祖に由縁のある歴史ある祠らしいが、グレーテは詳しいことはよく知らない。何か困ったことが有ったらとりあえずここでお祈りというのがシシー家の慣習であった。
徒歩で行ける距離を護衛数人に侍女を引き連れて……ぞろぞろと列をなして歩いていく。
「お嬢様! しばしお待ちを!」
「あら。なあに?」
先行する護衛の男に止まるようにと指示される。
「何者かがいます」
「あら。祈願者かしら。待たないといけないわね」
「話をして参ります」
護衛の男がグレーテに一礼して、その人物に近づいて行く。
その様子をグレーテ達が見ていると、件の人物が護衛の男と二、三会話した後にこちらに向かってくる。護衛の男はそれをやんわりと制止したがっていたが、男は構わずに向かってきている。
「お嬢さん、こちらにお参りなさるのか」
男は何の挨拶もなくグレーテに直接話しかけてきた。護衛や侍女が無礼なと怒りを表に出しているが、男はそれに何の痛痒も感じずにじっとグレーテを見つめてくる。
小柄な男だ。女性であるグレーテと目線の位置が変わらない。少し腰が曲がっているので、本来はグレーテより背が高いのだろう。
腰が曲がっているということは、それだけこの男が年を食っているということだ。だが、男は年齢に見合わずがっしりとした体格をしていた。顔の肌にも張りがある。箒を持つ手はごつごつと隆起していて、力強さを感じる。ふさふさとした髭と立派過ぎる豊かな眉毛で顔の印象が占められていたが、その眉の下の目は大きく光を持っていた。
そのずんぐりとした小男にグレーテは畏怖のようなものを感じた。だが、気圧されてはなるまいとグレーテは背筋を伸ばし、微笑を絶やさず相対する。
「ええ。これから参拝いたしますの」
「こんな大人数でか。あの祠には、一人で行かねばならん。そうでなくては祠は応えてはくれない」
男の言葉にグレーテはうなずく。祠には一人で行かなければいけないというのは、古くから言われている伝承であった。
「ええ。ですから私、一人で参りましたわ」
グレーテの言葉に男は無言で片眉を上げるだけの反応を返す。
グレーテの認識する「一人」と男の認識する「一人」に違いがあった。
シシー家の息女であるグレーテがお供も無しに外を出歩くことなど、まずない。それがグレーテにとっての常識である。グレーテは真の意味で一人で行動した経験などないのだ。
一人で動いた経験のないグレーテにはその真の意味での「一人」というのがわからないのだ。
「真に願いと向き合いたいならば、一人で行かねばならん」
「そうなんですねー」
グレーテは男の言葉に笑顔でうなずく。そして、ではこれでとグレーテ達は祠へと足を向ける。
「あの方、こちらの祠を管理なさってるのかしら」
グレーテは男の手にあった箒から想起した。
「だからって、お嬢様にあのように不躾に話しかけるなど、本当に無礼極まりますわ!」
侍女が不愉快です! と真剣に怒っている。ちらりと後ろを見れば、男はまだグレーテ達を見ていた。




