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1 グレーテ起つ

「ごめんなさい……」

 静謐な廟を前にグレーテは立ち尽くし、はらはらと涙を流す。涙とともに内からあふれてきたのは、今まで何も知らずにいたことへの後悔。申し訳ないとの思いが満ちた時、それは涙となってこぼれて、頬を滑った。

 グレーテは己が泣いていることも知らず、ただその廟を見つめ続けた。




「なんですって!」

 グレーテの甲高い声が場に響き渡る。グレーテは父に呼び出されて、話を聞かされた。それを受けてのこのヒステリーである。

「私とイリアス様の婚約がなくなるかもしれないってどういうことですの⁉」

「だから、先ほども言ったが、メディナがプラウドに対して建国を宣言するという言わば喧嘩を売るようなことをしたものだから」

「それでどうして私とイリアス様が結婚できなくなりますの⁉」

「もう少し、声を抑えて……」

「これが落ち着いていられますか!」

 娘がキャンキャンと喚くのに弱ってその父は対して声がどんどん小さくなっていく。そのことに苛立ってグレーテの声は高く大きくなるばかりであった。


「私とイリアス様と結ばれないなんて許せませんわ!」

「落ち着いて……」

「どうしてお父様は落ち着いていられますの⁉」

 たじたじとなる父にグレーテはぐいぐいと詰め寄る。それで何が解決するわけでもないのだが。


「イリアス様をこちらにお招きすることはできませんの?」

「向こうがそう簡単に手放すまいて」

 嫁入りが不可能ならば、婿取りだ。とグレーテは簡単に考えたが、そうはいかないという。

 グレーテには兄がいるので、跡をとるわけではないグレーテが婿取りしたところで利のある婚姻にはならない。

 現段階でイリアスはメディナの跡取りではないが、彼のためにメディナ領主が持つ爵位を与えて家を興してメディナの重要な役職を与えると約束されていた。それでシシーの息女グレーテの嫁入り先として十分とされたのだ。それだけ、扱いには気を遣われた婚約である。


 それがなくなるという。グレーテが腹を立てるのも無理はない話であった。それだけのことを理路整然と述べていれば、グレーテの気持ちに父も寄り添ってくれたのかもしれない。

 だが、感情のままに昂って声を上げるばかりのグレーテに父はうんざりとしていた。メディナに対しても苛立っているところに機嫌の悪いグレーテの相手までさせられる。もうグレーテのことは落ち着くまで放って置こう……と父はグレーテに対しておざなりであった。

 父とグレーテは勝手なことをしたメディナに対して怒りを抱いている。この親子は実は同じ方を向いているのだが、互いに寄り添うことができない。かみ合わない親子であった。



「お父様は頼りになりませんわ!」

 自分に対して納得のいく説明をしない、メディナに対しても自ら動こうという気配がない、そんな父に対してグレーテは苛立ちを表に出して怒りを発散させていた。

「イリアス様がかわいそうですわ!」

 遠く離れていて実際の内心など知る由もないイリアスのことをグレーテはそう評する。グレーテはイリアスが自分と同じくこの婚姻を受け入れていると信じて疑わないのだ。


「どうにかいたしませんと」

 そうは思っても、一介の令嬢であるグレーテにできることなど限られている。その身に何かあってはいけない、とどこへ行くにも護衛とお供が必ずついてくる。グレーテが単独で自由に何かができるわけではないのだ。彼女が動くには、家長である彼女の父の許可がいる。その父が許す範囲のことしか彼女ができることなどない。

 また、彼女自身も自分からこうしたいと動いた経験が乏しく、そんなことなど思いつきもしない。

 グレーテはその発言こそ我儘令嬢といった感じではあったが、行動は深層のご令嬢で間違いなかった。



「祈願でも致しますか」

 考えた末に思いついたのはそんなことくらいであった。


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