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棒のナイト12

「クソッ……離せよ」

「口は塞いどきますか」

 彼らは動じるでもなく淡々とした態度で悪態をつくナンフェアの口に布を噛ませる。

「旦那。お手数をおかけしますな」

「ああ。気にしなくていい。持ちつ持たれつだ」

 ノーマの男とライナーがそう話している。その二人の口ぶりから、日ごろからよく協力しているのがわかる。


 バルドーはナンフェアが拘束されていることから、うっかり彼が消されてしまうのではと危惧をしていたが、何んとなくそうはならなそうだと感じて、安堵していた。


「んん! むうう!」

「旦那は悪い人じゃないから」

 ノーマの男が暴れたそうなナンフェアを宥めている。

「伯父上。夜狩りとは?」

「まあ、夜になったのはたまたまだな」

「伯父上は……」

 さて、何を尋ねるか。考えずに質問をしようとして、バルドーは一旦止まった。


 ライナーは知っている。ベネが襲われたのも、そのままノーマの集落に留まっていることもだ。

 バルドーが今日になってようやく知ったことを、ライナーは恐らく発生直後から把握している。

 そして、ベネがどう動くか、プラウド側から何かアクションが起こるかを注視していたのだ。


 バルドーが今日、ノーマの集落を訪れた。バルドーがベネと出会い、襲撃の件を知る時が来た。

 ライナーはノーマの男から連絡を受けて、そのための対処が必要と動いたのだ。



「伯父上は、ベネが襲われた件で何かされましたか」

「ふむ。したと言えばしたが」

「彼が襲われたのは、うちが仕掛けたことではないですよね」

「ああ。それをしてもこちらに利はないからな」

「その犯人に対しては」

「まあ、勝手なことをしてくれたとの怒りは持ったな」

 犯人に対して、何かしたか。それをはっきりと尋ねてしまうか、匂わせたことを聞いてそれを察するかでバルドーは迷った。


 そして、バルドーは迷ったことを恥じた。それは逃げだ、と。


 もう知らないふりをするときは終わったのだ。これからははっきりと向き合っていくべきである。


 これまでは大人達がこういった暗い部分を担ってくれていたのだ。バルドー達はそれを知らずに甘んじていた。だが、もうそれは許されない。大人達と一緒になって対処していくべき時なのだ、前進するべきだ、と。



「犯人達に対して何をしましたか」

 バルドーがはっきりと尋ねたことに対して、ライナーはわずかに目を見張った。本当にごくわずか、ほんの一瞬だったのでバルドーは見逃すところであった。


「彼らは不幸にも本物の『盗賊』に出会ってしまってな。数人を残して壊滅状態になったのだよ」

「その『盗賊』を用意したんですね」

「ああ、そうだよ」

 軽く言われた。バルドーの方は重く緩慢にうなずく。


「伯父上、ここまでの対処、すべてお任せしたこと申し訳のしようもございません」

「まあ、知らなかったのだからしょうがない」

「知らずにいたことが……」

「お前の元に情報を流す人間がいなかったのだから、しょうがない」

 ライナーはバルドーにノーマの男を示して見せた。


「つながりはこれから作っていけばいいのだ。この男の他にも私とつながっている者はいる。追々紹介していこう」

「はい」

 バルドーはノーマの男とあいさつを交わし、握手をする。互いに顔は見知っていたが、よくよく会話したことはなかった。


「集落に残しているあの残骸。さっさと片づけた方がいい」

「足がつかないように少しずつ売っていこうと思っていたんですが」

「さっさと売るものは売ってしまおう。『商人』は寄こす。出所がわからないようには、その『商人』に任せよう。時間をかけてしまうと余計な足跡を辿られかねないからな」

「はい」

 ライナーはノーマの男に指示を出す。バルドーはそれを見ていた。


「ナンフェアはどうなさるんですか」

「まあ、少しばかり教育が必要だろう。害にならんとわかれば自由にさせる。お前の下に置いてもいいだろう」

 それは嫌がりそうだなあとバルドーは思う。本人を見れば、嫌そうなジト目と目が合った。



「バルドー。お前は本当に知りたいか。知らずに過ごすこともできるのに」

「はい。私はもう知らぬでは居れません」

「お前は他の生き方ができる。それでもか」

 バルドーの脳裏にメディナを抜けてオドラン達と過ごす姿が見える。それでも、とバルドーは幻想を振り払う。

「はい。私は弟たちを守りたい。守れる存在でありたいのです」

「お前の父と相対してもか」

「父上……」

「現在、プラウドの内情は一応耳に入ってくるが、それを教えてくれるのはフリッツではない。フリッツはそれを伝えてこぬようになった。あれは、もうあちら側の人間と見做すべきだ」

「……」

「フリッツがお前に来いと言っても突っぱねられるか」

「……それは、はい」

 父フリッツとイリアス、ユリシーズとを比べるとか弱く守ってやらねばと思うのは弟たちなのだ。


「では、イリアスがフリッツについたとき。どうする」

 バルドーはぐっと息を飲む。

「イリアスを留められるよう動けるか」

「……」

 今度は別の意味でバルドーは二の句が継げなくなる。バルドーはイリアスほど弁は立たない。その弁でもってイリアスを説き伏せるなど無理だと思ったのだ。


 ふっとライナーが笑った。

「お前はお前の向いたことをすればよい。お前たちはそれぞれに向いたこと、向いてないことがある。どの子が格別優れてるということはない」

「そのような」

「いや。そうだ。イリアスだってお前に劣るところはある。誰が上、誰が下などとは考えなくてよい」

「……はい」

「お前たちは三人揃っていてそれで調度いい塩梅なのだ。イリアスはイリアスの、ユリシーズはユリシーズの、バルドーはバルドーの向いたことをすればよい。その上で、三人で力を合わせてこの地を盛り立ててくれればよい」

「はい!」

 ライナーの言葉に、バルドーは力強くうなずいた。



「……だから、あまりユリシーズに鍛錬などと言ってくれるな」

「しかし、あれは鍛えねば男に対する恐怖心は消えぬのではと思うのです」

「ああ。お前はわかっていて言っておるのか。しかし、ユリシーズはお前の5倍以上も努力して鍛えねば体を大きくすることなどできぬだろう」

「本当に体を大きくはせずとも、多少なりとも強くできれば心の支えになるからです」

「そうは言ってもな……あれにはもう別の力がある。だから、見守ってやってくれ」

 そういうライナーの眼差しには子供達への思いやりがあるようにバルドーは感じられたのだった。


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