棒のナイト10
「生粋のノーマの男ってのも肩身が狭いのかね」
ベネが言う。ノーマの女達は外の人間と子を作る。そうなると当然ノーマの男達はあぶれてしまう。集落の中でノーマの女達と夫婦のように暮らしている男は大概が外からやって来た人間だ。
ノーマの男も女達と同じく外の女性と結ばれようとする。そのため、ノーマの男達は大抵その生涯の内に一回はノーマの外へと出ていくのだ。
例外的にノーマ同士で結ばれることもあるが、その場合この二人は父と母が確実に違うと証言する人間を十人用意しなくてはいけないなど、面倒なことが多い。
ノーマの男達はある日ふらっと消えては後に女性を連れ帰ったり、あるいは子供だけを連れ帰ったり、そのまま帰って来なかったりなどする。
男はどうせいなくなるから、と生まれた時に子が男だと子の父親に押し付けるノーマの女も少なくないと言う。
メディナの羊飼いをしている男が確かその例である。
ナンフェアはオドランやコルザと同世代のはずだが、今のところ集落を出ていく気配がない。
「あいつコルザの弟だっけ」
「あれ?」
ベネに言われて、バルドーは首をかしげる。ナンフェアはオドランの従弟だと思っていたのだ。
オドランとコルザは姉妹。そのコルザの弟がナンフェア。だが、オドランから見てナンフェアは従弟。オドランとコルザは腹違いの姉妹で、その母親同士は元々姉妹。
……
そこまで考えて、バルドーは考えるのを止めた。まあ、そういうことなんだろう。ノーマの集落ではよくあることだ。
ベネと別れて一人歩く。ノーマの男の将来か。とバルドーは考える。ダフネは男の子だ。彼も将来に悩む日が来るのだろうか。彼がノーマを出たいと考えた時にうちに来てもいいと言う気はある。だが、何を選択するかは彼次第……などとそこまで考えてた時後ろから頭に衝撃がやってくる。
バルドーはそれに怯まず、すかさず振り向き、相手の腕をひねり上げた。その勢いのまま、相手を地面に押し倒し、その上体に乗り上げて制圧した。
「……おお、ナンフェアか。さっきぶりだな」
「このっ、石頭が!」
バルドーは身動ぎするナンフェアを押さえつつ、軽口で応対する。そうしながら頭に感じている痛みとぼんやりとした感覚をやり過ごす。
「まず理由を聞こうか」
「お前、なんなの⁉ キレろよ!」
「俺はカッとしやすい性質なんだ。だから、常々そうならないように気を配ってる。そうしないとまともに会話にならないからな」
言いながらついナンフェアの腕をつかんでいる手に力がこもり過ぎる。ナンフェアの苦悶の声を聞いて、いけないいけない、とわずかに緩める。
「お前らむかつくんだよ! 人の集落に入ってきて好き勝手しやがって!」
「遠慮がちにしてるつもりだがなあ」
「女達もなんでよそ者を受け入れるんだ!」
「そういうもんだからだろ?」
「こんな決まり、なくせばいいんだ!」
「みんなが望めばそうなるんだろうなあ」
問答しながら、バルドーは努めてゆったりと答える。あまりのんびりした受け答えだと相手は余計に苛つくのがわかっているが、バルドーはスタイルを変えられない。これが狙ってできればいいのだが、それができるほどバルドーは器用ではない。
「どうしたの?」
オドランが天幕から出てきた。バルドーが襲われたのは、オドランの天幕のすぐそばであった。
「まあ、ちょっとした喧嘩だ」
「喧嘩になってないじゃない」
一方的にバルドーが押さえつけている状況を見て、オドランが呆れ声を出す。
「オドラン!」
ナンフェアが大声で呼ばう。
「もう夜遅いから……」
それをオドランがたしなめる。
「この男と別れろ! 俺と一緒になろう!」
「ええ……」
押さえつけられた状態でのナンフェアの告白にオドランの口から困惑の声が漏れる。




