棒のナイト9
ユリシーズが願うことと言えば、彼の頭を悩ますことのはずだ。となれば、候補に挙がるものは限られてくる。
バルドーから見てユリシーズが思い悩んでいたのは、自身の恋、身体的な特徴による不都合、そしてこの建国にまつわることの三点だ。
彼の性格からして、目の前に周囲の人間が大きく関わっている問題が転がっていて、それでもなお自分の個人的な悩みを解決したがるとは考え難い。
ならば、メディナ建国に当たっての不安材料をどうにかしたいと思っていたはずである。
ユリシーズの願いがわからないと答えたのは、具体的にこうしてくれと対処を願わなかったからだろう。漠然とメディナが外征に脅かされるのは嫌だと考えていたのではないか。
だから、それが防がれるような効果が表れているのではないか。
「第二王子の行方不明をプラウドがメディナに問うことはないのか」
「問うたとしても、知らんと言われればそれで終わりじゃないか。なにせプラウド側はメディナに公然とここを通ると通知していたわけではない」
「それで引き下がるのか。プラウド内で問題にはならないか」
「プラウド内ではもめてはいるだろうけど、それを外に出したいとは思わないだろう。問題が起こって混乱していて弱みがある、とは知られたくないはずだ」
「あくまで安泰であると示したいと」
ベネと問答しながらバルドーは考える。
こんな展開もメディナにとって都合がいい。都合がよすぎる。
プラウドがシシー辺境伯領と結託してメディナに圧をかけるというのは、結構大きな事案だったはずだ。メディナから見ても、それがなされればかなりの脅威である。
だが、それがなくなった。
現王の体調悪化により、王位争いがより顕現化された。
第二王子の暗殺の結果、まずプラウドの内政が揺れる。これによって、プラウドは外に構う余裕が益々なくなってしまった。
メディナがプラウドから即時攻められることはなくなったのだ。
「それにつけても暗殺なあ。大胆なことをする。こんな誰かに襲われたのが丸わかりな方法をとるか」
「盗賊とか、メディナとか、理由を外に持っていきやすいだろ。これが宮廷内での毒殺とかだと犯人が内にいるとしか考えられなくなる」
「なるほど……」
「第二王子の俺が無事にこの事案をこなせれば、それは俺の功績となって俺が王位につく可能性がかなり高くなっていた。だから、自分が王になりたいあるいは俺以外の誰かを王位につかせたい奴らはこの事案を絶対に潰したかったわけだ」
ベネの話で王位につきたい誰かが勢いづいてこちらに向かってくるのでは、功績作りにメディナを使うのではとの考えが浮かんだ。
「王位継承権て、どこまでの範囲が有力と考えられるんだ」
「第五王子くらいまでか。王弟とかもいるわけだが、こっちは自分が王位につくより、誰かを頭に据えて自分は裏から美味しい思いをしようとするだろう」
「となると、王位を狙うのはあと四人の王子」
「さーねー。後から追加された第五辺りは積極的に狙う気はないんじゃないの。あいつは最初から王位継承権持ってたわけじゃないからか、昔からずっと居心地悪そうにしてんだよな」
「そうなのか」
「言い方は悪いが、第六以降のごく潰しでいる方が気は楽だと思うぞ。第十以降になると火種王子にされるからまた別のしんどさがあるが」
「……本当に王子が多いなあ」
「これに加えて王女もいるぞ」
「わあー」
バルドーは平板な声で驚きを示しながら、内心では本当に感心していた。
それだけの子を育てるだけの財力がよくある。それも出産など命に係わることなのに、これだけの子が無事に生まれている。内外の歴史では後継に悩む例はよく見るのに、プラウドではそれを聞かない。
ここまでプラウド王家を支えてこられたのは、この点の問題に悩むことがなかったからか。
ベネとの話で、ベネが襲われたのは3週間以上前とかなりの日数が経っていること。その後、メディナに明らかな圧がかけられていないことなどがわかる。
「もう、犯人見つけるのなんてまず無理だろ」
「……」
「とりあえず、今すぐ何かが起こりはしない。それでいいだろ」
彼から聞けることは全部聞いた。その上でどうするか。
今日はもう遅い。夜も更けた。動くのは、明日以降にするしかない。
「じゃあ、俺はこれで」
「ああ。ありがとう」
二人はここで別れることにする。ベネはコルザの天幕へ、バルドーはオドランの天幕へと向かう。二人は途中まで同じ方向へと歩いていく。
「あ、すまん」
「……ッチッ」
道中、他の男とすれ違い、うっかりぶつかってしまった。ほんの軽い衝撃だったのでバルドーは特に何も思わず呑気に謝ったのだが、相手からは舌打ちをもらった。
「あいつ態度悪いよなあ」
ベネがその男をそう評する。
「ナンフェアか。まあ、昔から愛想はよくないが」
「よそ者が嫌いなんだろ。俺に対してもあんな感じだ」




