棒のナイト4
申し訳なさそうに断るオドランを見て、バルドーはまた失敗してしまったと悔やんだ。
「ごめん。俺が早とちりをした……」
「バルドー謝らないで。君の持ってる常識と違うのはわかっていたのに、説明が足りなかったね」
「いや、俺が……」
オドランが協力してくれないかと言った時のほっとしたような表情と、照れたような顔。あのとき、きっとオドランは言葉を続けて説明をしようとしていたのだ。それを切り上げて家族に報告しに走っていったのはバルドーだ。あのとき、あのままオドランと話を続けていれば、今こんな気まずい思いはしなかったのに。
どうしてこんなに判断がへたくそなんだろうか。そう思ってバルドーがひたすら落ち込んでいた。
「こっちきて、バルドー」
そうしていると、オドランが天幕へ入れとバルドーを誘う。オドランの顔に浮かんでいたのは、穏やかで優しげな表情だった。
こんなとき、いっそ責められたり怒られたりした方が気が楽になるのかもしれない。
ただ自分が悪かったと思い、そこから反省して前に進む。割といつものことだし、気持ちを切り替えるにしてもシンプルだった。
だが、いつまで待ってもオドランがバルドーを責めることはない。
「バルドー。落ち込まないで。本当に君が悪いことなんて何もないんだ。僕は、君が僕を受け入れてくれて嬉しかったんだよ。本当だよ」
「オドラン……」
「うん。結婚したいと思ってくれたことも、嬉しいよ。でも、僕らは結婚という形をとらないから……」
オドランの顔がまた申し訳なさそうな表情になって、バルドーの胸はまた痛む。
家に帰ると、お帰りなさいと言ってもらえる。そんなことをバルドーは夢想していた。だが、それは叶わない。
ともに人生を歩んでいきたい。だが、その形がわからない。
「バルドー、泣かないで」
オドランがバルドーを抱き寄せる。言われて初めて、バルドーは自分が泣いていると知った。
「泣かないで……大丈夫。僕らはずっと……」
抱き合った状態で立っていた二人は、そのまま座った。低くなった姿勢で、オドランが自分の胸にバルドーの頭を抱え込む。バルドーはオドランの胸でしばらく泣いた。
その夜は、慰撫の時間だった。抱いたのか抱かれたのかよくわからない。その夜はひたすら、オドランからの慰めをバルドーは受け取ったのだった。
「バル!」
地面に石を積んで遊んでいた子供が、バルドーを見つけて声を上げる。
「やあ、ダフネ。元気だったか? 大きくなったな」
「バル! 抱っこ!」
子供がバルドーに抱っこをせがむ。バルドーはそれを了承して、屈んで抱き上げる。
「みんな変わりないか?」
「みんな増えた!」
「ん?」
集落に変わりはないかと子供に尋ねれば、増えたと答えが返ってくる。集落の人間が増えた? 子が生まれたのか? それにしては、変な言い方だ。
思っていると、建てられた天幕の合間に崩れた馬車のような残骸があった。
「なんだこれ……」
その豪奢な馬車に描かれていた紋章はさすがに世間のことに疎いバルドーでも知っていた。それは、バルドー達がよく知るどこかの王族の紋章のはずで。
「なぜ、こんなものがここに……」
「コルザ拾った!」
「ええ……」
子供の端的な言葉に驚いていると、通りかかった大人が気さくに教えてくれる。
「こないだ、コルザがはぐれてうろうろしている馬を見つけたんだよ。その馬がじっと崖下を気にして動いてくれないから、下を見ればこれが落ちててね。中に生きた人がいたから、拾って来たんだよ」
「ええ……」
「この装飾とか、何かに使えないかって話してんだ。どっかに売りに出して、残りは材木として使おうって」
「ええー……」
さすがに。とバルドーは思う。この状況を放置していいものだろうか、と。
どこぞの王族が事故に遭ってノーマの民に助けられ、今もここの集落で保護されている。話をまとめるとそういうことでいいのだろうか。
集落が飼っている馬の中に、見たことのない馬が混ざっている。毛艶が他と違っていて、明らかに拾った馬とわかる。
「あ、ウイエ!」
ダフネが集落の他の子供を見つけて、そこに行きたがる。バルドーは彼を下ろしてやった。
確かめるか。思い、バルドーはコルザの天幕を目指した。




