棒のナイト3
その民族はバルドー達の住む地のすぐそばにいた。彼らは固有の領土を持たず、各地を転々としながら牧畜をして生活していた。彼らはそこが他者の土地であろうとお構いなしに入っていっては悠々と過ごしていた。
土地の持ち主である領主達は彼らの存在を知りながら、黙認していた。お互いに過度の干渉をせず、時々家畜の売り買いなどをしたりしながらぽつぽつと交流していた。
子供のバルドーには、その民族のことが不思議でならなかった。どうして村で一緒に暮らさないのか。どうして各地を転々とするのか。どうして彼らは追い出されないのか。
それらの疑問を周囲の大人に聞いたが、はっきりとした答えは返ってこない。だから、バルドーは彼ら自身に疑問をぶつけた。
「これが僕らに合った生き方だからだよ」
帰ってきたのはそんな答えだ。
「僕らから見れば、君らの生き方の方が不思議だね。どうして一つのところに留まれるの?」
そして、こんな疑問が返ってくる。バルドーはそんなことを考えたこともないので、答えられない。
「生まれた時からこんな生活だからね。これが僕らにとっての普通なんだ」
「そうか」
それから。彼らは一緒に遊びながら、バルドーに色々教えてくれた。あの星は旅をするときの目印になる。あの星はあんな伝承がある。あそこにある星がこの位置に来た時は、移動を始める準備をする。などなど。
星について教わったということは、バルドーは夜通し彼らと過ごしたということで。家に帰らなかったことでバルドーはこっぴどく怒られた。
「君には君の故郷の生活は窮屈なんじゃない?」
彼らにそう言われた。もしかしたら、そうかも。とバルドーは思った。
文字を持たない彼らは歌と踊りで歴史を紡ぐ。彼らの歌う歌はバルドー達の知る音楽とはどこか違っていて、それがまた耳に心地いい。彼らの踊りは時に領地の祭りで披露されたりした。彼らにとっての出稼ぎだという。祭りの時などに立ち寄った彼らは自分達が作った革細工などもついでに売って一定の収入を得ていた。
つかず離れずのような距離感で彼らは一定の周期でやってくる。バルドーはそのたびに彼らと会っていた。
そうやって年月が経ち、バルドー達も大人になった。あるとき、その内の一人が何か物思いをしているようだった。バルドーはどうしたのかと声をかける。
「いや、どうしようかと思ってね」
「何かやらないといけないことがあるのか?」
「うん……僕らも大人になったからには一人前と認められないといけないわけだ。そのためには、子供を作る必要があってね」
「子供」
「僕らは基本的に外の人と子を作るんだ。同じ集落の人間とは作らない。それには、外の人間に異性として見られないといけないわけなんだけど。どうも、僕は外の人からは異性として見てもらえないみたいでね」
「……オドランは女性にしか見えないが」
「本当? ありがとう。もしよかったら、協力してくれないか」
「協力……子作りのか」
「そう」
バルドーは慌てて帰り、そして家族にこう宣った。
「俺、結婚する!」
「はあ⁉」
「誰と⁉」
「ノーマのオドラン!」
「ノーマ⁉ あの遊牧民⁉」
「そう!」
「待て待て待て待て」
バルドーは家族達から落ち着けと言われたが、彼は落ち着いていた。むしろ動じていたのは家族達の方だった。
「ノーマの民を妻にするって? そんなん聞いたことないよ」
「彼らは彼らの生活様式があってだな……」
「上手くいくわけないだろ! 価値観が違うのに!」
従弟のユリシーズは戸惑い、父のフリッツはどうにか宥めようと説明を始め、弟のイリアスは頭ごなしに否定した。
何を言われても、バルドーは顔色一つ変えず、頑として譲らなかったが、伯父ライナーが静かに彼に言った。
「まず、そのノーマの民本人にちゃんと確認しなさい。本当にバルドーと結婚したいと思っているのか、と」
「……子を作りたいと言われました」
「結婚したいと言われたわけではないはずだ。ノーマの民に貴族の妻はできない」
「そんな」
「これは事実だ。決して偏見から言っているのではない」
ライナーの言葉に反論しかけたバルドーを制して、ライナーが説明を続ける。
「ノーマの民は外の人間と子を作る。これまでも、貴族の男と子を作った例は幾らでもある。だが、そのできた子を貴族の家で育てた例はない。父となった貴族の男がどうしてもといって子を引き取ろうとしたことはあるが、その子は結局暮らしに馴染めずにノーマの民として生きることになった。これまでの歴史が物語っているのだ。ノーマはノーマとして生きたがると」
「……」
「ノーマとして育った子が、ノーマを飛び出すことはもちろんある。だが、その場合はその子自身が積極的にこちらの生活に溶け込もうとこちらに生活基盤を移す。ノーマとして生きたまま、こちらに子を欲しいと言っているのなら、それは結婚したいという意志ではない」
ライナーの説明に反論をしたいとバルドーは思ったが、何を反論していいのかがバルドーには思いつかなかった。バルドー自身がライナーの説明に納得してしまったのだ。
「ほら。確認してきなさい」
促されて、バルドーはオドランの元へと戻る。
「オドラン。俺と結婚しないか」
そして、彼女に尋ねた。
「……ごめんね。僕は貴族の奥さんにはなれないよ」
そして、断られたのだった。




