節制4
「……私とあなたとでは、釣り合いがとれていないと思うのです。あなたは、元々王族に迎えられようとしていた方。私は、ただの一貴族であり、なんの影響力も持ちません」
「ええ。だからこそ、あなたが私の次のお相手にふさわしいと考えておりますわ」
フリーデリーケのその声の音に、思慮の深さを感じてライナーはまた改めて彼女を見返す。彼女の瞳の輝きは、先ほどはただ享楽を感じさせていたものが、ここに来てまた知性の落ち着きを見せてきている。ライナーは見るたびに違った印象を見せる瞳の輝きに段々と魅了されていった。
「王家はきっと私とあなたの結婚を後押ししてくださいますわ。王家は、他家に自分達よりも強い影響力を持ってほしくないんですの。だから、あの時争っていた令息達と私が結ばれることを厭うていたはずですわ。そして、令息達が本格的に私に求婚する前に私の悪評を流して、私に価値がないと世間に知らしめようとしたはずです。そして、私の次の結婚相手はもっと家格が下がった家にとなったはずです」
「……なるほど」
フリーデリーケの発言に説得力を感じてライナーはうなずいてしまった。
「だから、私とあなたが結ばれるのは、決して間違ったことではないんですのよ」
フリーデリーケの言葉には、自分がライナーに断られることなどないと信じている、自信の強さのようなものがあった。
「お前の話は一理ある。だがそうは言うが、この男が好人物だと保証されたものではないだろう」
「私は自分の直感を信じます」
兄の発言に、フリーデリーケは毅然と言い返す。そこには若さゆえの恐れ知らずさと傲慢も確かにあった。
「私は私の価値をしっています。王家にむざむざと下げさせられたりはしませんわ」
「……ならば、まずは婚約といこう。婚姻はよくよくお互いを知ってからにしなさい」
「父上!」
「父上!」
フリーデリーケの父の言葉に、兄は非難の意味で声を上げ、妹は歓喜の声を上げる。
「というわけで、私は彼女と婚約するに至りました」
「それはわかったが……なぜ、連れ帰った?」
ライナーは領地に帰り、父ヨハンに報告した。豪放磊落を気取る父が珍しくぽかんとした顔で、ライナーの報告を聞き、尋ねる。
「領地を見てみたいと仰るので……」
「性急が過ぎんか? うちには、女主人もいないから調度なんぞ使えればいいというだけの無骨な田舎城だぞ?」
屋敷内は跡取り息子が嫁を連れ帰ったと大騒ぎで、客間を整え、歓待のための準備に追われている。
そんな喧騒を聞きながら、ヨハンは息子のライナーとその婚約者となったフリーデリーケと対峙していた。
「だって、王家が何をしてくるかわかったものではありませんもの。私の価値を念のため下げておこうと暴漢に襲われたりなどしてはたまったものではありませんわ」
「そ……それは大変であるな。まあ、うちは無骨な城ではあるが、一応籠城にも耐え得る造りではある」
「心強いですわ」
ヨハンは答えながら、これは大変な嫁を貰ったぞと内心で改めて驚嘆させられていた。
息子に対し、凡庸で落ち着いてはいるが、堅実で無茶をしないという評価をヨハンは持っていたのだが、改めざるを得ないと思うのであった。
この息子、母似であったか……とヨハンは思った。
ヨハンの妻は、平凡な容色に小柄でか弱い見た目でありながら、その芯は強く、時にとんでもない度胸ある行動をして見せる女性であった。ヨハンはそんな妻に惚れ込んで求婚をしたのだ。その妻が見せた度胸と今回息子がとった行動が被って見えたのであった。
その後、フリーデリーケはほとんど実家に帰らずにメディナで過ごし、そのままライナーと婚姻した。
第一子が生まれるまで5年の年月を要したが、二人の仲は終始良好であった。




