節制3
「父達の元へエスコートをお願いできます?」
「ええ。もちろん」
ダンスを終えた後、フリーデリーケにされたお願いをライナーは快諾する。
二人は揃って堂々と会場を横断し、彼女の家族が待つところへ彼女を送った。
「父と兄ですわ」
フリーデリーケがにこにこと彼女の家族を紹介してくれる。ライナーは彼らに礼をする。
「メディナ領嫡男ライナーと申します。この度は憧れの女性とのひと時を幸運にも得ることができました。ありがとうございます」
「う、うむ……」
フリーデリーケの父は困惑の表情を浮かべ、彼女の兄は不信感も露わに眉間にしわを寄せてライナーを見つめる。
「お父様、私この方と結婚しますわ」
「え」
「え?」
「ええ!」
フリーデリーケの突然の発言に、父は目を瞬かせ、ライナーは何を言われたか瞬時に理解できず、兄はくわっと目を見開く。
この家族のすぐそばで聞き耳を立てていた他の貴族達も何事かとぐるっとあからさまに顔をこちらに向けてきた。
「フリーダよ。突然何を言い出すのだ」
「私、この方がいいですわ。とても素敵な人だと思いましたの」
「お前は、この方のことを何も知らないだろう。それでどうして結婚などと言うのだ」
「父上、場所を移しましょう」
「うむ。そうだ、そうしよう」
彼らはライナーとフリーデリーケを引っ張るようにして、会場外へと連れだした。去っていくライナーとフリーデリーケは最後まで会場の人々の注目を集めていた。
会場外の休憩室へと移動した。そこで、人払いをして一家とライナーは話し合う。
フリーデリーケは隣に座ったライナーをじっと見つめている。ライナーは視線を横顔に感じながら、どうしたものかと思案していた。
「フリーデリーケよ。この方のどこがそんなに気に入ったのだ」
「この方、ご自分の身に及ぶ影響などを顧みずにあの場で私を救ってくださいましたわ。誰にでもできることではありません」
「それは、まあ、そうなんだが……」
ニコニコとほほ笑みながら堂々と父に意見を言うフリーデリーケに対し、父は困惑し、もごもごと口ごもる。
「メディナ領。『捨て地』のメディナか」
フリーデリーケの兄の発言に、ライナーは彼を見返す。思わず目に力がこもったのは、若気の至りであった。フリーデリーケの兄は存外に強い視線を返されて、僅かにたじろぐ。
「いや、事実であろうが。身分剥奪された貴族達が流されるのは大抵メディナ領だったと記憶しているぞ」
「メディナ領ってどんなところですの?」
気圧されながらも兄が発言しているところへ、妹がライナーへと自由に質問を被せる。
「林業と酪農とが主な産業ですね。羊が放牧されている風景が広がるのどかな田舎ですよ」
ライナーがフリーデリーケの質問に答える。フリーデリーケを優先したために、彼女の兄を無視した形になってしまった。
「まあ、羊さんが……」
「田舎ですので、当然こちらのような暮らしはできません」
ライナーはフリーデリーケに幻滅して欲しくない思いから、さっさと現実を知ってもらおうと言葉を重ねた。
「別にうちの領地は貧しいわけではありませんが、田舎ですのであなたを彩る美しい衣服や貴金属は滅多に手に入りません。それらを手にするにも、こちらで調達するときの何倍もの時間がかかります。美しいあなたがより輝くためのそれらを簡単に手にすることができないのです」
「あら。私にそんなものが本当に必要だとお思いまして?」
私は宝石やドレスがなくともこんなにも美しくありますのに?
フリーデリーケの返事の言外に込めた言葉がライナーの耳に聞こえた気がした。虚を突かれて、ライナーは一瞬ぽかんとフリーデリーケを見つめるだけになる。
にこにこと笑う彼女は本当に楽しそうで、会場の中でただ立っていた時よりも明確に輝いて見えた。




