節制2
退屈だろうな……ライナーは彼女の心情を慮る。ライナー達も退屈しているのだ。傍らで立っているだけの彼女も当然そうだろう。
貴族令息達は彼女をとりあっていながら、彼女を顧みないのか。ライナーには不思議でならない。
令息達が彼女をとりあう理由はわかる。王子の元婚約者であるフリーデリーケを得たものは王子に次ぐ存在だと示すことができる。フリーデリーケは権威の象徴なのだ。そして、誰より美しい。
フリーデリーケを得たものは、勝者とみなされる。権力を誇りたい男にとってこれ以上ない女性なのであった。
そんな賞杯扱いを男達はしている。彼女のことを、複数の男性を侍らせる悪女かのように噂する者もいたが、それは違うとライナーは思った。
不快な思いもしているだろうに、フリーデリーケは笑みを絶やさず、誰を贔屓するでもなく、適切な距離でもって彼らと接していた。
そんな姿勢を見てライナーはフリーデリーケを芯の強い女性だと考えていた。
令息達の争いは一種のパフォーマンスなのかもしれない。自分は引かないぞという姿勢を他貴族に見せたいのだろうか。その上で、フリーデリーケに選ばれた男だと見せつけたいのか。
それにしても……とライナーは思う。夜会前に済ませとけよ、と。
もういい加減うんざりだった。ライナーはこの状況を変えたかった。そして、フリーデリーケにほんの一瞬でも年頃の女性らしい表情をさせたかった。
無聊な時間をわずかな時間でも減らせられればいい。無謀な申し出を彼女はやんわりと断るだろうが、自分は道化になったってかまわない。
「ちょっと行ってくる」
ライナーはそんな思いを胸に、シモンとイェルンに声をかけて足を進めた。
「ええ、あいつマジで……」
シモンはすたすたと場の中心に向かっていくライナーを見て声を漏らす。
「彼は変なとこで度胸があるよね。肝が据わってるというか……」
イェルンがライナーをそう評する。
静かに歩いているライナーを気に留める人は最初はいなかったが、そのライナーが令息達を素通りしてフリーデリーケの前に跪く頃には、会場のほとんどの人が彼の存在を認識した。
「どうぞ私に今宵一時の思い出を下さい」
「思い出ですか」
「はい。私と共に踊っていただけませんか」
ライナーがダンスを申し込むと、フリーデリーケの知的な落ち着いた瞳が輝きを増し、ぱっと頬に淡い朱が広がった。そこに現れたのは、若い年頃の娘らしい活力ある表情だった。
フリーデリーケは穏やかな笑みから一転、わかりやすく破顔した。
「ええ! 喜んで!」
フリーデリーケは差し出された手に己の手を乗せた。
ライナーは断られるものと思っていたので、彼女が乗ってきたことに困惑した。だが、そういう意趣返しがしたくなったのだろう、と彼女の意を汲むことにしたのだった。
己の権勢ばかりを気にして彼女自身を顧みない令息達への当てつけだとライナーは考えたのだった。
「では、行きましょう」
「はい」
二人は手を取り合って、場の中央に進み出た。そして、すっと互いに組んで向き合う。
今だと思ったのか。楽団が改めて曲の演奏を始めだした。曲に乗せて二人は身を動かしだす。二人が動き出したことで、停滞していた夜会自体もまた動き出したのだった。
一組、二組、と彼らと共に踊る男女が現れる。
それまで争っていた令息達は取り残されて、憎々しげに彼らを見ていたのだった。




