節制
夜も更けつつある。煌々と照らされた会場を見て、これを準備するのも大変だろうな、と彼は思った。
会場内には暗いところはみじんもない。隈なく灯りが配置され、用意された料理や会場の人々の衣装を色鮮やかに見せる。
これ全部に灯りをつけるのに何人くらい用意して、どのくらいの時間をかけたんだろう。彼はそんなことをぼんやり考えていた。
「なあ~。これ、いつ終わるんだ?」
「さすがに、ちょっとね……」
ぼんやりしていた彼、ライナーに話しかけるのは同じくやることもなく立っていた隣領の子息達だ。イプサ領のシモンとシュウム領のイェルンは彼メディナ領のライナーと歳も近く、親同士も親しい。子供の頃から頻繁に顔を合わせる幼馴染である。
そんな彼らは、やることもないからと会場の端で飲み物を片手にぼやっと立っていた。長くなりそうな気配を察していたからか、手に取った飲み物はちびちびと舐めるようにして飲み進めていた。だが、それもすでになくなって、空の杯を手に弄んでいる状態だ。
これが場内がにぎわっていて、雑然とした雰囲気ならば、すぐにでも給仕が寄ってきて空の杯を回収してくれただろう。だが、場内は静まりかえるというほどではないが、ある一点にみんなが注視しているため、独特の緊張感で満たされており、給仕たちも自由に動くことをためらっている状態だった。
やることがない。
傍観者にさせられている会場の人々は、早くどうにかなってくれないかなと願いを込めて見守るしかない状態であった。
「お前は彼女にふさわしくない」
「なんだと! そういうお前は、自分が真に彼女にふさわしいと言えるのか⁉」
城内の真ん中に近い場所で高位の貴族令息達が争っていた。その様子を傍観者達がじっと見守っている。
割と最初の方で似たような台詞を聞いたなあ、とライナーは思った。どうにも主張が同じところをずっと巡っている気がする。つまり、これはいつまで経っても終わらないということだ。
終わらないというか、終わらせる気がないのか。
彼ら高位貴族の令息達は一人の女性を巡って争いを繰り広げていた。
その女性とは、ロリアー領の令嬢フリーデリーケ。先日まで王子の婚約者であった女性だ。彼女の元婚約者である王子は、他国の王女との婚約がまとまり、それに伴ってフリーデリーケの婚約は解消された。
フリーデリーケの婚約が解消されてから初めての夜会が、今夜である。
彼女の次の婚約者は誰になるのか。そのことが貴族達の一番の関心ごとであった。
フリーデリーケの母は他国の王女である。その王族の特徴を色濃く継いだ彼女の外見は、美形ぞろいの貴族の中でも特別美麗なものであった。白に近いプラチナブロンドは光を浴びて燦然と輝き、陶器を柔らかくしたような滑らかな肌は内側から光るような艶があった。その瞳は紫をわずかに混ぜたような深い青で、知的な品格を漂わせている。
場の主役であるフリーデリーケは、争う高位貴族令息達の傍らで静かに微笑んで佇んでいた。
静と動。フリーデリーケが静かに立っているのに対し、高位令息達は舌戦を激しくさせ、熱くなるあまりに派手な身振りも交えている。自然、人々の視線は令息達の方に集まっていた。
ライナーは、改めて本来の主役であるはずのフリーデリーケを見た。彼女は最初から変わらずそこにいる。笑顔もそのままに、姿勢は相変わらずすっときれいに背筋が伸びている。
あまりの変わりのなさに彼女は本当に人間か、と思わされてしまう。




