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「ユリシーズ達は、ダンジョンへと行ったか」
「はい。今朝早くから準備をされていたようで」
「そうか」
ライナーはニールに確認をした。本人からダンジョンへ向かうという話は聞いていたが、改めて尋ねる。
ニールは苦々しげな顔をしながらそれに答えていた。
「ヨハン様の如く、何かにつけて理由をつけてダンジョンに入り浸ることになるんじゃないですか?」
「だろうなあ。父上もそういう人だったし」
ライナーは父の姿を思い出す。ライナーの父でありユリシーズの祖父であるヨハンはゆっくりと執務室に座って統治をするというより、馬にまたがって領地を周って確認し、森に危険な獣が出たと聞けば先陣を切って向かっていくような人だった。
「やるべきことをやって始めてすべきことだと思うんですが」
「でも、あれの言う通りだと、放っとくわけにもいかない。管理自体必要なことだしなあ」
ダンジョンというのは、そのままにしておくとそこから魔物が出てきてしまうので、定期的に人が入って魔物の駆除を積極的にすべきだという。
「ユリシーズ様がすべきってわけでもないでしょう」
「まあ、他にダンジョンに潜ってくれる人を呼びたいとも言ってたが、宣伝も兼ねて他所のダンジョンに挑むとも言ってたなあ」
「そんなことしてたら、この地にほとんどの時間いないことになるじゃないですか!」
段々ニールの口調が激しいものになっていく。対して、ライナーは落ち着いていた。
「……そうは言うが、お前はあれが本当に王に向いていると思うか?」
「ユリシーズ様が王でないと」
「ドロシーだって女王という性分でもあるまい」
「私が言いたいのは、ユリシーズ様は上に立つものとしてどっしりと構えているべきだと思うんです」
ニールの心配はユリシーズに対するものというより、娘の伴侶にしっかりとしていてもらいたいというものだろう、とライナーは思う。
気持ちはわからなくもないが……とライナーは思う。だが……
「そうは言ってもしょうがあるまい。性分も状況も変えられるものではない。ならば、あるがままを受け入れるしかない」
「呑気なことを……」
「ならば、剣呑な話でもしようか」
おっとりと話していたライナーがふいに鋭い空気をまとって話を変えてきた。ニールは居住まいを正す。
「シシー辺境伯からの返事はこれだ」
「……独立などいうのはやめろ、イリアス様との婚約は保留……現状維持ということですか」
「まあ、想像通りの回答だ。これから、どう翻意させようか」
「婚約を解消と言い出せば、決裂がわかりやすかったのですが、そうは言ってきませんね」
「あの方は実に娘に甘い。ご令嬢がイリアスをやけに気に入っておられるからな」
「強硬なことを言ってくれれば、むしろやりやすいんですがねえ」
「あの方はそこまで度胸があるという方ではないのだ。ならば、こちらが判断しやすいように誘導して差し上げなくてはな」
「……外堀を先に埋めるんですな。まあ、そこの方針は変わらないということで」
「ハニークはすでにイプサと協調路線。シシーと接する隣国ジルからはプラウドへの不信が聞こえてきているだろう。さらにプラウド国内から王家への反目の声は貴賤問わず大きくなってきている。シシーを囲む貴族家がすべて反王家になる日も近い」
「そうなるよう『お手紙』を熱心に送り続けるというわけですな」
「そう『贈り物』も忘れずにな」
ライナー達はプラウド王家が仕掛けてくる前に、すでに謀略の手は打っている。それをした上で、滅びにも備える。
「そう言えば、あのダンジョンの中には廃鉱山があるらしいぞ」
「そこから鉱石でも出れば『贈り物』の選択肢が増えますな」
ライナーの言葉に、ニールはダンジョンへの忌避感が少し薄れたようである。現金なものだと思いつつ、ライナーは人の心はそんなものとまた受け止める。
現状をあるがままに受け止める。その上で、どう動くかを決めていく。それは変わらない。とライナーは落ち着いていた。
二章『吊るされた男 ケント』の章、完
三章予告
シシー辺境伯領の令嬢グレーテは父からメディナの独立騒動を聞き、イリアスとの婚約が失われるかもしれないと聞く。
「そんなこと認められませんわ!」
グレーテは婚約解消を絶対阻止すべく立ち上がり、まずは領内にある願いを叶えるという祠に向かう。
「私は絶対にイリアス様と結ばれてみせますわ!」
彼女は知らなかった。その祠が実はソロ攻略縛りダンジョンであるということを……




