17-3
「まあ、全力で反発するよね。不正なんぞしてねえっての」
兄の口調が荒くなる。
「本当に申し訳……」
「だーかーらー、お前が悪いんじゃないんだって」
青褪めつつ頭を下げるケントに対し、兄が制止する。
「あいつらは戦争をし続けたいわけだ。なのに、褒賞を用意できない。それでも功を上げたとされる連中に褒賞をなんとかあげたい。具体的には、領地をあげたい。そこで、すでに領地持ちのやつからどうにかして、奪い取ってお気に入りの家臣に分け与えようと考えたわけだ。つまり、うちが狙われたのは、単なる難癖だ」
「は……」
兄が告げた理不尽な話に、ケントはプラウド国への呆れが湧いてくる。
「うちはなあ。あの父親のせいで方々に恨みを買い過ぎているんだ。代が変わっても、その気持ちを持ち続けている人は未だにいるわけだ。となると、足を引っ張ってくる人間は幾らでもいる。こっちは必死でそれは違うと反証していっても、ああだこうだとやかましくて……」
言いながら思い出したのか、兄の表情がどんどん険しくなる。
「正直、うざくてキレそうだった」
その表情がかつて見た父に似ていて、妙なところで血のつながりを感じた。兄は顔立ちは義母によく似ているのだが、険しい顔、怒りを滲ませた顔はどこか父を思い出させた。
「戦ってると、急に何のためにこんなことをしているのかわからなくなってきたんだ。地味に命の危機を感じるようなことも何回か起きた。こんなことをしてるより、ケントを探す方がよっぽど建設的に思えた。やってないと主張しつつ、なにがなんでも反証しようとするのはやめた」
地味に命の危機……? とケントは思うが、兄が滔々としゃべるのでケントは口を挟む隙がなかった。
「領民が巻き込まれて苦しめられるのは本意ではないんで、代官手配して託してきたけど、彼がそのまま勤められる保証はないから、適当に逃げてもいいぞとは言っておいた。で、うちも逃げることにしたんだ」
「はあ」
「あの王家のためにまじめに勤め上げるって気がなくなったんだ。当たり前だよなあ。大事に守ってたもん、勝手に取り上げてくんだから。こんなこと繰り返すんなら、あの国の行く末はどうなるんだろうって思うよ。泥船に乗り続けるより、さっさと離脱できる機会が来たって思えたんだ」
兄はプラウド国を泥船と称した。軍にいたケントもおかしさを感じることはいくらでもあった。そのおかしさを矯正するどころか、そのおかしさを助長するような今回の出来事に国が破綻する未来が来てもおかしくはないと思えた。
「まあ、生活はしなければいけないから縁を辿ってハニーク領で文官をすることになったんだ。そこに行く途中、ケントの足跡を辿った。商人の護衛は想像の範囲だったが、鉱山で働くとは予想もしなかったぞ」
「え、あ、はあ……」
ケントの足跡が完全にバレている。聞きながらケントは逃げた意味を自分に問いたくなる。
そして、兄の話の中に出てきたハニーク領という地名にケントは引っかかった。
「ハニーク領のご令嬢がお前に会ったと仰るんだ」
「え」
「ハニーク領でお世話になるからご挨拶に伺ってそのときに弟を探しているという話をして、姿身を見せたら会ったことがあると仰った。イプサ領でお前に会ったと」
ハニーク領のご令嬢とはビルギットのことであった。
「うちはハニーク領と縁があったのですか」
「直接縁があったわけではないが。ほら、お前が軍で揉めた時に間に入ってくれたバーレ卿に紹介してもらった」
「そうなんですか」
そこで一旦話が途切れた。ケントは改めて謝りたいが、それはするなと言われるのがわかっている。どうしたものかと気まずさをずっと感じている。
「ケントさん、本当に無事でよかった……」
義母に泣かれてより気まずさを募らせる。
「本当になあ。お前も安定した勤め先を得られたみたいだし。こっちもなんとか生活していけてる。ハニークからメディナは意外と近いし、何かあれば寄らせてもらう」




