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「バレたら恨まれるんなら、早々にここを退散した方がいいかも」
「その方が安全だねえ」
明日には街を出ていくと決め、ダンジョン攻略を秘匿はしないが、喧伝もしない方向で話が固まる。
「ケント、なんかごめんね」
「いえ。私のことなどお気遣いなく」
すまなそうなユリシーズに対し、ケントの方はあっさりとした態度である。
「と言うか、私は攻略の証がユリシーズ様にいかなかったことに納得がいかないんですよ。あの時、危機を乗り越えたのはユリシーズ様の変身の魔法のおかげ。あの花が降ってきたのはその後だった。だから、この腕輪を手にするのはユリシーズ様こそがふさわしいと今でも思ってるんです」
ケントの声にはどこか悔しさがにじむ。彼は確かにあの花をユリシーズに触れさせようとしたのだ。それなのに自分がこの証をかすめ取ってしまった。納得がいかない。わずかに寄せた眉間のしわがその心情を物語る。
「気にしなくていいのに~」
「誰が攻略したってあんたたちが攻略したってことには変わりはないだろう」
今度は逆に、ユリシーズの方があっさりとした受け止め方をしていた。
「まあ、ある程度の説明はつくね。攻略は欲に反応する」
解呪屋が解説を始める。
「より強い欲、願いを持つものが、攻略をすると考えられている。だから、あんたに証が移ったんだろう」
「ええ~~。私は普段から何かを欲しがろうとは極力思わないように生活してるんですけど」
「……それはそれで抑圧したものがありそうだけどねえ」
解呪屋の解説に漏らした不満気なケントの言葉に、解呪屋は呆れが出る。
「まあ、欲と言っても形はいろいろ。庇護欲や、忠義、自制心だって、強く願えば欲と判定されるさ。最終的には、ダンジョンマスターのお眼鏡次第。あんたが、マスターの好みに合致しただけかもしれない」
「好み……」
なんと勝手な。とケントは思う。
「それに、一度攻略者になったものが再び攻略者になるのは難しいとされている。心に抱える最大の願いをすでに叶えているんだ。それに次ぐあるいはそれを凌駕する大きな願いを再び持つというのは、中々ねえ」
「なるほど~」
それを聞いてユリシーズは納得する。確かに、自分に今大きな欲があるかと問われても、そんなものはないと思えるのだ。
「私、この街を出るから~」
案内所を出るときに解呪屋はそう簡単に告げる。
「ええ! 解呪屋さん、出て行ってしまうんですか!」
すると、驚く声や惜しむ声が方々から上がる。彼女は自分がいなくなっても大した影響はないと言ったが、そうではなさそうである。
「どこに行かれるんです⁉」
「メディナだねー」
解呪屋は言いながら、ちらりとユリシーズと目を合わせてきた。その瞳にいたずらをたくらむような光が見えた。
「では、メディナへの道中に消費する用の食料や他の小物などを買って参ります」
「行っておいで。この子のことは私らで見ておくから」
ケントは雑用を済ませるべく、市に向かう。その間のユリシーズの守を解呪屋たちに託す。
「お菓子でも買ってあげよう」
「いいの⁉」
解呪屋がユリシーズに言う様は孫をかわいがる老人のようであった。
「ありがとう、解呪屋さん」
「バネサだよ」
「バネサ」
「そう」
二人がそんな会話をしている中、フーゴがすっとその場を離れた。
「フーゴ? どこ行くの?」
ユリシーズが気づいて声をかけるが、フーゴはそれに応えず、振り向きもしない。
「フーゴ! またな!」
ユリシーズはその去っていく背に声をかける。フーゴは手だけでそれに応えて雑踏の中へと消えていった。
「え? それでそのまま見送ったんですか?」
ケントが戻って来て、その話を聞く。
「いや、そのまま行かせちゃダメでしょう!」
「ダメだった?」
「盾ですよ! 盾!」
「あ」
攻略の鍵になった石化避けの盾はダンジョンから出る際に再びフーゴに持たせたのだ。彼は、その盾を収納のカップに仕舞って荷物の中へと入れていた。
「まあ、いいよー」
「よくないです! 大金払ってんですよ!」
あっさりと諦めるユリシーズに対して、ケントはそれはいけないと諫める。
「まあ、あんたたちはまた再会したら一緒に探索するんだろ?」
「うん」
解呪屋バネサの言葉に、ユリシーズはしっかりとうなずく。ユリシーズにとってフーゴはすでに仲間であった。




