16-3
ダンジョンの踏破が宣伝になるのかー。と思っていると、受付で何か騒ぎが起きていることに気づいた。
「なんだ?」
ユリシーズはそちらに目を向ける。受付で騒いでいる男に見覚えがあった。あれ、誰だっけ? と考えていると、その男と目が合う。
目が合うと、その男がずんずんとこちらにやって来る。
「あんた! その姿、あのダンジョンの像に触れたのか!」
「え、ああ……」
やっぱりみんなあの像のことを知ってるんだなあ、と思いながらユリシーズはうなずく。ユリシーズをダンジョン内で見かけても、そんなに驚かれることはなかったし、容姿について突っ込んでくる人もいなかった。
「苦労したんだな。無事でよかった……ユリアンナとは出会えたのか⁉」
「え、あ……」
かつて『妹』だと偽った、女の姿をした自分の行方をこの男がまだ探していたと、その発言で知る。
どうしよう。とユリシーズは困る。そして、存在しない女を探し続ける男のことが気の毒になってきた。
「えーと。あの時はあんなこと言ったけど、あんたが探している女の正体は実は俺なんだ」
ユリシーズは正直に告白することにした。
ユリシーズの言葉を聞いて、男はふっとニヒルに笑う。なにそれとユリシーズは思う。
「俺を気遣ってるんだろう……心配しなくても、いい。俺が彼女を探して見せるから……」
「いや、あの……」
「それよりも、だ! あんたも苦情を言った方がいい。ここの受付ではダンジョン探索の時に契約書を書かせるだろう。その時に血を垂らすだろう。鑑定で個人が識別できるとか言って!」
「あ、はい」
「その鑑定の道具が壊れてるそうじゃないか! ユリアンヌの情報を聞こうと思ったら、壊れていてそれができないと言うんだ!」
「えー」
それは、この男に見知らぬ女性の情報を流すのはいけないと思った受付の人の方便ではないか、とユリシーズは思った。
「無駄に血を流させて! なんの意味もないじゃないか!」
「えーと。はあ……」
受付嬢がゲンナリとしているのが見えた。この男の興奮をどう収めたもんか、と思わされる。
「意味ならありますよ。最低限、あれくらいの痛みに耐えられる人じゃなければ、ダンジョンの困難には立ち向かえないんですよ」
受付嬢の弁解が聞こえた。それを聞いて、なるほどと思う。確かに痛みを我慢しなければいけない場面はいくつか思い浮かぶ。
「俺はみんなにこのことを話してくる!」
男は嵐のように去っていった。
「大変でしたね……」
「いえ、確かにこちらもだますようなことをしたわけですから、お怒りも無理はないです」
「あ、本当に鑑定の道具壊れてるんですか」
受付嬢を労うと、彼女は真相を教えてくれる。
「どういう状態で壊れてるんだい? 鑑定鏡なら私も持ってるよ。ちょっと見せてもらえるかい」
解呪屋がそう切り出す。受付嬢が出してきた鑑定道具を解呪屋が鑑定鏡で検分する。
「あ……」
その時、ケントが小さく声を漏らした。ユリシーズがケントを見ると、彼の片眼がぼわっと光って見えた。
「魔力切れ……?」
「確かに、魔力切れって出てるね」
ケントの言葉に解呪屋が答え合わせをする。
「ケント、わかるの?」
「それがあんたの得た魔法だね。あんたの魔法は鑑定だ」
「えー! 凄い! 便利!」
ユリシーズは歓声を上げる。
「魔力切れってことは燃料切れってこと?」
「そうだね。動力となってるものがなくなった状態だ」
「ええと、この部分を……」
ケントが魔道具をひっくり返して裏側にあった蓋を外す。そこにはまっていた石を取った。
「へえ。こうなってるんだー」
「この石をはめるところの周りにびっしりと書かれた文様が道具を動かすための式だそうです。それで、この石に魔力を再び入れるとこの道具は使えるようになるそうですが」
「それってどうやるの?」
「……こう、握ってると……なにか力をこの石に吸われている感覚があります」
ケントが石を握って見せる。
「ふむ。魔法使いがいれば、その石に魔力を入れられるわけだ。私らの出番だねえ」
「あ、俺達全員、その石に魔力をあげられるんだ」
その後、かわるがわる石を握った。
鑑定道具は無事再び動かせるようになった。受付嬢に感謝される。
ユリシーズは一つ懸念があった。
「なあ、俺がユリアンナだって信じてもらえなかったけど、それが本当だってわかった場合、恨まれたりするのかなあ……」
「普通なら出会えない美女と食事ができただけ、幸運に思えこそそれを恨みに思う方がおかしいでしょう」
ケントがその懸念を否定する。
「まあ、それでも変なきっかけで逆恨みをしたりするのが人間ってもんだよ」
解呪屋がユリシーズの懸念を有り得ると肯定する。




