16 帰還へ
この方の憂いを取ってくれ!
ケントがそう思った瞬間、花はより一層強く輝き、辺り一帯が光で満ちた。到底目を開けていられず、ケントは反射的に目を瞑る。
目を閉じれば目蓋の裏に浮かんでくるのは、これまでケントが見てきた光景だ。
空気がよく、暮らす人々の気性も穏やかで居心地がいいメディナ。その中で、唯一おかしな雰囲気を放っていたのがユリシーズとその周囲だった。それは、ケントから見てただ一つだけのメディナの欠点だった。そして、それはケントにとって看過できるものではなかったのだ。
ケントから見て、ユリシーズの側に明確な落ち度はなく、周囲の人間達の態度の方にこそ問題があった。
生まれもよく、本人も善良で、それでいてどうしてその本人が笑えて過ごせないんだ?
ケントはユリシーズの曇った顔を見ていると、その顔と自分の心の中にいる子供の顔とが妙に被って見える。
その度、それは違うだろうと否定するのだ。
彼とその子供はまったく別の存在。立場も状況も違う。だから、同一視するわけにはいかない。だから、猶のことユリシーズにはなんの屈託もなく笑っていてくれる方がありがたいのだ。
そして、困った顔をした子供を心の奥底に仕舞おうといつも試みる。その子供はおとなしそうな顔をしている。大人しく見えるだけで、表情に出さないだけで、怒りを心に静めているのを知っている。
ケントが不満や怒りを抱くとその子供が表に出てこようとするのだ。
ユリシーズ様を幼児か何かだと思ってるんですか? すでに成人されている一人前の男性ですよ⁉
いくら心配しているからって、一人の男性を何もできないさせない扱いをするのは不当です。端で見ていたって気持ちのいいもんじゃない!
自分で言った言葉が自分に刺さる。彼を見て、自分の内にいる子供を思い出すのは不当なのだ。だから、こんな間違った庇護欲は抱いてはいけない。そんなものは握りつぶせ。
その上で、欲に捕らわれずに使命として、彼を守るべきなのだ。
「おい! おい!」
呼ばれて、体を揺すぶられる。そこではっとケントは目を開けた。意識を失っていた、と知る。目の前にいたのは、フーゴだ。彼がケントを起こしたのだ。
ケントは自分の状況を確認する。座った状態で意識を失っていたようだ。そして、膝の上にはユリシーズがいた。ユリシーズはケントに体を預けた状態で意識を失ったまま眠っている。
一体どれくらい意識を失くしていたのか。それはわからなかった。
「ここを出よう」
「ああ」
答えて、ユリシーズを抱え直そうとしてケントはぎくりとする。その腕にあったのは、ユリシーズのものと似た細身の腕輪だった。
なんかユラユラしてる?
ユリシーズはそう思って、目を開けた。
「あれ? どこ?」
どこを移動している? 思ったのと同時に、自分が背負われていると知る。
「気づかれました?」
「ケント! あ、フーゴ!」
ケントが歩くその前にフーゴが歩いていると気づく。
「えーと、俺気絶したのか」
「そうです。体に異常はなさそうですか?」
「多分、大丈夫……ケント、俺歩くよ」
「本当に歩けますか? 眠いとか怠いとかないんですか?」
「……眠い」
ユリシーズは素直に白状した。
「じゃあ、背負いますね」
ケントは淡々と答える。
「……あ、鳥! 鳥ちゃんは?」
ユリシーズは絶対についてきているはずだと思っていたので、その姿が見えないことを不思議に思う。
「……ここにいますよ」
ケントが言ったと同時に、鳥が姿を見せた。
「ギョル」
「おお。鳥ちゃん、そんなとこに」
目の前に鳥の姿が現れて、ユリシーズは驚く。鳥は、ケントの襟の内側にいた。
「鳥ちゃん、そこ温かいんだ」
「そんなとこで落ち着かないで欲しいんですがね……」




