66日目 シエビビシャンタ(2)
おいおいとぼろ泣きモーションを見せつけてくるゾエ君を前に、私はようやっと状況を把握できてきた。や、でもその件に関しては私のほうにも言い分がありましてね。
「勿論私だってゾエ君に対して出し惜しみする気なんて全くないよ。けど明後日にはどうせダイジェストムービーが公開されるでしょ? 先にそっち見てからのほうがいいかなって思ったんだよ。ネタバレを避けたかったの」
そう言うと、彼はぴたりと泣き止んだ。一旦納得してくれたようだ。
「成る程、一理あります。確かにこれがビビアさん以外のプレイヤーのデートだったらば、俺はネタバレを嫌ったでしょうね。そもそも馬骨野郎とシエシャン様のスリーショットなんざ見たくもありません。だがしかあし! 俺は何を隠そうシエビビ党所属シャンタ派ゾエベル。つまり推しの一人にビビアさんも含まれてるわけです。推しからのデートネタバレなんて、好きな人から旅行の土産話を聞くようなもの……つまりご褒美! よって何も問題ありません。ささ、ぷりーずぷりーず」
「あ、はい」
私はこれ以上の深入りを避け、大人しく所望の品々を渡すことにした。彼の思想は危険――――――そう判断した故である。
トーク画面に次々と並んでいく大量の画像、動画に一瞥をくれると、ゾエ氏は満足げにアプリを閉じた。すぐには見ないようだ。
「いやあ、さすがにあなたの目の前でお見苦しい姿を晒すわけにはいきません。ホームに帰って、独りでこっそり発狂します。これ、キモヲタとしての嗜みなんで」
『見苦しい姿』というのには思った以上に幅があったらしい。今のゾエ氏、私史上的には割と最高ランクでみぐるしごにょごにょ……。
何はともあれ独りで見てくれるというんであれば、私としても少し心の荷が降りた気分だったり。じゃ、そういうわけで精々楽しんでくれたまへ。
と、極めて自然に会話を終了させようとした私だったのだが、どういうわけかゾエ氏はその場を立ち去ろうとしない。彼は私の目の奥を覗き込むように、やや首を傾けた。
「……デートイベで何かありました? ビビアさん」
ぎくっ。
「な、何でそう思ったの?」
「デートが終わった後にしては覇気がありません。これが普段のあなただったらば、平静を装いつつも、抑えきれない興奮と悦楽、デートを獲得し得なかった愚民どもに対する優越感、憐憫、有り余る自負心が、瞳の輝き、声の張り、伸びた鼻の下にまざまざと表れていたハズ」
「待って私そんな顔してたの!? してないよね!? してないでしょ!」
「それがどういうことでしょう。今日のビビアさんは瞳の奥に不安の影が宿り、何か迷いというか、後ろめたさのようなものを感じる……。ともすればそれは俺に対する同情とも……、ビビアさん、何か俺に隠してますね!?」
かなり正確に私の内心言い当てるのヤメテ。一個前の私に対する観察まで正になりかねないからヤメテ。
とはいえ一歩も退かない様子の彼を前にこれ以上抵抗する気にもなれず、私は降参の意を示して両手を挙げた。
「実は今回のデートイベ、ちょっと思うところがあってさ。内容自体は面白かったし、スクショも動画も可愛いのいっぱい撮れて満足なんだけど、なんかモヤモヤが残っちゃったんだ」
「つまりお任せモードのシナリオに問題が?」
「平たく言うとそういうこと。けどこれこそネタバレ全開な話だから、ゾエ君にはダイジェスト版視てもらってから感想聞ければいいかな、と」
「ふむう……」
彼は唸り、思考に入ったようだ。しかしやがて顔を上げ、決意を灯した眼差しで私を見据える。
「いえ、やはりこれがどこぞの馬骨野郎だったら以下同文。しかしビビアさんは推しの一人であるがゆえ、デートで生じた心残りをネタバレ解禁と共に耳にするというのはそれ即ち、好きな人から恋の悩みを打ち明けられるのと同義。葛藤はなくもないですが、ここで聞かずなど漢が廃るというもの。伺いましょう、あなたのお話」
「あ、はい」
私はこれ以上の深入りを避け、以下同文。そうして、デートで起こったことや私の気持ちをゾエ氏に語って聞かせることになったのだった。
シエシャンの貴族としての立場、それを彼女等がどう思っているのか、一方で彼女達が権威を振りかざして好き勝手していること、リルステンと対立する悪役令嬢のような立ち位置であることを――――――。
「ある意味色々納得がいく流れでもあったんだよ。今までのシエシャンの言動との矛盾もないし、あーそういうかんじのポジだったのね、って。これはこれでキャラ立ってるとも思う。でもなんか、このままシエルちゃんのファンでいていいのかなって、ちょっと不安になってるところ。だって私個人としては悪役を応援するシュミとか普通にないからさ」
「むう……成る程……」
「それにきまくら。のゲーム性って、結構ユーザーに容赦ないところもあったりするじゃん?」
「ええ、それはもう」
ゾエ君は力強く頷く。
「だからほんとにこのまま双子が闇堕ちヒロインを全うしていく流れも、十分想像できるんだよね。考えたくないけど、救いが差し伸べられることもなく破滅してっちゃうとか、あってもおかしくなさそうみたいな。それを思うと、ちょっと落ち込んじゃうんだ」
「応援してたアイドルにスキャンダルが報じられた、みたいなかんじなんですね」
「そうそれ」
ま、今のところ、だからどうこうって話でもないんだけどさ。私は視線を下げて手遊びに興じ、しばし沈黙が降りた。
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【きまくらゆーとぴあ。トークルーム(公式)・商人について語る部屋】
[ジャガイモ]
やることないぴあ。
[鐘]
おまえらの意見に逆らって商人転職してみたけど、ガチで別ゲーで草
ジャンル分けするとしたら何なんだろなこれ
推理とか脱出とかに近いものを感じる
[バーボン]
アドベンチャーゲームって言うんやで
[arare]
エアプ「RPG」
エンジョイ勢「アドベンチャー」
もも太郎「シミュレーション」
[雨]
>>鐘
真面目にやるんであれば実況してほしい
そしてクソゲーであることを身をもって立証してほしい
[LOGI-ESCQ]
商人真面目にやってるけど楽しいよ
[うさぎん]
エンジョイ勢は黙ってろ
[あれっくす]
真面目にやってるって言うからにはレベルカンストさせてジョブスキルも全て取得した上でもも金との競合に挑んでんだろうなあ(ブチ切れ)
[オリビア]
商人がクソゲー化してるのは運営とかシステムの問題ではなくもも太郎のせいだと思うの
[ウィンナー]
他の分野、例えばイベントランクとかデートランクなんかは全然覆しがあるから楽しめるけど、
ここだけ不動の一強なのがね
[灰音]
>>オリビア
いや、そのもも太郎の市場独占を許してる運営とシステムの問題だろ
[レナ]
この界隈だけ妙にリアリティあるの草
[アローズ]
きまくら。はプレイングの自由度と多様性を重視した代わりに公平性を犠牲にしてるの典型例
[いりす]
娯楽産業としてどうなのそれ
[LOGI-ESCQ]
>>灰音
独占されてると感じたことはないけどなあ
[ふらわー]
そりゃおまえ、ももの目の端にも止まらんくらいの金しか動かしたことがないからだよ
[arare]
所詮素人は手の平の上で踊らされてることすら気付かんのですわ








