362日目 一心同体(3)
「ならいいけど。それに、お礼を言うのはこっちのほう。今日のいりしゅあライブ、めっ――――――」
とそこで久瀬さんは眉間に皺を寄せ、ぐ、と顔面に力を入れる。それきり、台詞の途中なのに固まってしまった。
大丈夫かな。体調悪いのかな。
そう心配になったところで、彼はふいに天を仰ぎ、深く息を吐きだしつつぼやく。
「――――――っちゃ、素晴らしかったあ……」
………………。
……あ、今の台詞の続きか。『めっちゃ素晴らしかった』って、言ってくれたのか。
静かな表現だけれど、久瀬さんの感極まり具合は深く伝わってきた。久瀬さん、相当のいりしゅあファンなんだね。
竹さんとかゾエ君とか、今まで見てきたキャラ推し勢とは大分タイプが違うものの、彼もなかなか筋金入りのオタクのようだ。こういうかんじの人もいるんだねーと、興味深いものがある。
それにしても何だろうな。こうして話していると、やっぱりどこか既視感がある。
白ベアちゃんを選んだとき飼い主さんの名前を確認しておいたから、『久瀬大樹』という字面に覚えがあるのは理解できる。でも彼と繋がる記憶はそこだけなはず。
なのに、初めて会った気がしない。アバターは見覚えないのに、声には聞き覚えがある。
「あの……私久瀬さんと、以前もどこかで関わったこと、ありましたっけね」
「え」
「あ、いや、変な意味じゃなく。すみません、勘違いですよね」
まずいまずい。ナンパみたいな聞き方しちゃった。
誤解される前に、ここはさっさと引き下がろう。そう思い、話を切り上げようとしたのだが。
「……分かります?」
「へ……」
「あー……や、まあ、いいか。別に」
久瀬さんは、バツが悪そうな顔で頭を掻くのだった。
「俺、イーフィですよ。イーフィ」
「は」
「国境なき騎士団団長の」
「え」
……えええええええええ!!!???
――――――久瀬さんは、イーフィさんだった。
聞くところによるとそれはつまり、中の人が同じということ。それはつまり、イーフィさんがイーフィさんとは別に作成したキャラクターが、久瀬さんだということ。
それはつまり、私は白ベアちゃんことユキちゃんを、イーフィさんから譲り受けたということ。
イーフィさんのせいで、イーフィさんが私ともふもふを引き離すせいで、こうして調教スキル取ってペット飼うことにしてきちんと自給自足しようとしていたのに、結局はその原産国がイーフィさんだったということ。
誰もが羨む可愛い幻獣を引き連れイーフィさんの前で見せびらかし、すぐそこにあるのに触れ合えぬ地獄を彼にも体験させてあげようと思っていたのに、そんなささやかな夢も叶わなくなってしまったということ……。
私は虚無感に襲われるあまり、へなへなとその場にくずおれた。
「ちょ、大丈夫ですか?」
「大丈夫です。……どうして別の姿で?」
とはいえ、ユキちゃんを譲ってくれた彼に感謝はしているのだ。恩があるから無下にはできない。
けど過去の確執をなかったことにもできない。
自然私の口調は、平静を装いつつも棘のあるものになってしまうのだった。
久瀬さんにもそんな複雑な心境は伝わったらしい。彼は気まずそうに苦笑いを浮かべた。
「だって、彼だったら来ないでしょ。こんなとこ」
「『彼』?」
「きまくら。の平和と秩序を守る国境なき騎士団団長、正義の味方イーフィならば、こんな悪の組織と稀代の悪女が関わってるイベント会場には来ないでしょってこと」
「……いやいやいや! 何言っちゃってるんですか! スーパースター“いりしゅあげいと”ですよ? 賢人二人のキュートなアイドルユニットですよ? イーフィさんも大好きな! それを捕まえて『悪』だなんて……!」
「いやいやいや、違うから。悪は主催者サイドの君だから。あとチケット頒布に関わってる金融ね」
「はいい? 益々意味が分かりませんて。金融さんはまあアレですけど、私なんてこんな、か弱く無害な小鹿ちゃんですよ。イーフィさんはスクリームミコトーズの一件を根に持ち過ぎです」
「それ以外にもあるでしょうに色々と。“ザコガリーズ”なんてあだ名、どう考えたって悪の代名詞だろ」
それは私というより、主にバレッタさんに比重が大きい呼び名だと思うんだけどな。
え、っていうか、唐突に謂れのない非難を浴びせられたものでそっちに意識が行っちゃってたけど、そんな理由でわざわざ別のアバターに切り替えて来たの? 幻獣プロフィールを送る際にも、そこに気を遣って……?
「まあ。……何ならこのライブに参加するために別アカ作ったまであるっていう」
「えええええ!」
衝撃の一言に戦慄を禁じ得ないワタクシ。だってだってきまくら。で二人以上のキャラクターを作るのって、結構ハードルが高いんだよ。
なぜって二人目以降月額有料制になるから。
それもなかなかなお値段なの。確か今だと5、6千円するんじゃないかな。
だから複数のキャラを長期的に運用する場合には、いっそのことヘッドギアとソフトをキャラ人数分購入したほうがお得とさえ言われているのだ。
そうやってアカウントごと新しく作成してしまったほうが長い目で見れば……って、ん? 今この人、『別アカ』って言わなかった?
「うん、これを機に二台目、買ったわ」
「はああ……!?」
「ああいや、前々から考えてはいたんだ。イーフィっていう正義の味方キャラとは無縁の、なんか素の俺でゆるーく遊べるキャラも作りたいなって」
「い、イーフィさんじゃ、ゆるく遊ぶのは許されませんか」
「許されないな。彼はこんな暢気に極悪武器商人と駄弁ってるような男じゃあない」
「ごくあくぶきしょ……」
色々と酷いことを言われて憮然とする気持ちはあったが、それよりも今はイーフィ、いや、久瀬さんの、ロールプレー信念といりしゅあ愛に対する驚きと呆れのほうが勝った。
仲間と一緒にきまくら。治安維持を掲げて奔走したり、私みたいな可憐なバンビガールに【代理執行】ぶちかましたり、楽しそうに好き勝手やってるなあと思ってた。けどなんか、彼は彼で色々大変なんだね……。








