348日目 いりしゅあげいと(3)
まあここで悩んでても仕方がないし、この件は一旦持ち帰って考えますかね。気持ちを切り替え、楽屋を出たときのことだった。
「お話、聞かせてもらいましたよ」
突然、脇から声がかかった。見るとすぐそばに、黒緑色の髪を撫でつけた青年が立っている。
孔雀のような尾羽を持ち、色彩豊かでスタイリッシュな装いをした彼の名はアーベンツ。先ほど裏口の前で出待ちをしていた子だ。
「何でも、“いりしゅあげいと”の衣装を担当してくださるそうで」
「は、はい。まあ」
「しかも、ルイーセ様はライリー様に似合う“白”をお望みとのことで」
「そのようです」
声は落としつつも興奮が滲み出ている彼の様子に、私は一歩後退る。このかんじ、既視感を覚えるのは気のせいか。
何だっけな、と記憶を辿る私の前で、アーベンツはくしゃりと前髪を掻き上げた。何かを憂うその仕草は芝居がかっていて、でも華やかな容姿のキャラクターなので様にもなっている。
「嗚呼! ルイーセ様は何にも分かってらっしゃらない!」
『→・声が大きいよ』
「失礼。つい感情が昂ってしまいました。ですが、あなたもそう思われませんか? ライリー様に似合うものがルイーセ様にも似合うとは限らないんです」
その台詞に、一転私は興味をそそられる。
おお、このシナリオ、私が抱いていたこんなちょっとしたもやっと感を拾ってくれるか。そしてこのアーベンツという青年、ただの痛いファンかと思いきや、なかなか良い着眼点を持っているではないか。
「全く、ルイーセ様はライリー様を愛するがあまり、ご自分のことを過小評価しているきらいがあるんです」
『→・どういうこと?』
「ルイーセ様はライリー様の美しさを非常に高く買っています。今アイドル活動に携わっているのだって、彼女の素晴らしさを世に広めるためなんです。本当はご自身はプロデュース業に専念したかったそうです。でもライリー様がルイーセ様が一緒でなければやらないと譲らなかったらしく、渋々表舞台に立っているんです」
『→・ルイーセはライリーのことが大好きなんだね』
「実に美しき絆です! ……しかしルイーセ様はライリー様のことを優先なさる余り、ご自分のことを蔑ろにしがちなんです。今回のように」
会話サポートを利用しつつ話を進めていくと、アーベンツは“いりしゅあげいと”の内情を教えてくれた。
なるほど、ルイーセは兎に角ライリーのことしか見えてないんだね。だから自分が観客の目にどう映るかとか、アイドルデュオとしてのバランスだとかはどうでもいいんだ。
アーベンツは悲しげに溜め息を吐く。
「それにルイーセ様は、元々の自己評価も低く見積もってらっしゃいます。自分は全く美しくない、愛されるに値しないと思っているようです。だからこそ万人が好みそうな容姿を持つライリー様に、過度に執着してるんでしょうね。でも……」
そこで彼は大きく息を吸う。
「俺は、ルイーセ様推しなんですよ……!」
ずい、と一歩身を乗り出すアーベンツ。反射的に、私は一歩後ろに下がった。
「実に勿体なきことです! ルイーセ様には、もっとご自分を素直に、真正面から見つめ直していただきたいところです! 確かにライリー様は魅力的ですし、そこは否定しようがありません。“いりしゅあげいと”に彼女の存在は必要不可欠です。ですが! ルイーセ様にはルイーセ様の良さがあります。それは時にライリー様ですら持ち得ないものだと思うんです。静かな森を思わせる緑色の瞳、触れたら折れてしまいそうなくらい細く、でも反面強く硬質な機械製の手足、チャーミングなゼンマイ巻き鍵。実に見事な、至高の芸術作品だと思いませんか?」
『→・そ、そうだね……』
「外見のみならず、彼女は中のお人柄も素晴らしいんですよ。思いやり深く、目の視えないライリー様をいつもサポートしておられます。強気を装ってはいますが、本当は繊細で心優しい方なんです。俺のことなんかも、無限にいるファンの一人に過ぎないのに、邪険にせず向き合ってくださって」
『→・ルイーセはとっても素敵な人なんだね』
「分かってもらえます!?」
アーベンツは青い瞳をきらきらさせてルイーセの魅力について語る。彼女のことが本当に好きなんだなあ。
彼のそんな様子から、私は既視感の正体を悟る。
けれど辿り着いた答えをゆっくり噛み締める暇もなく、アーベンツはふと真面目な顔に戻った。そして声を落とし、また一歩、距離を詰めてくる。
「でしたらビビアさん。今回は一つ、ライリー様ではなくルイーセ様に似合う衣装を仕立ててみませんか?」
「え……」
「ルイーセ様は今までずっと、自分のためのステージではなく、ライリー様のためのステージを作ってきました。一度くらい、ルイーセ様のためのステージがあっても良いと思うんです。それにライリー様はあの通り非常にバランスの良い美少女であらせますから、ルイーセ様に合わせたところでその輝きは失われないと思うんですよね。彼女ならどんな衣装も着こなせるでしょう」
「なるほど。それは確かに」
「俺のお勧めは深みのある濃い色合い、ディープトーンです。インパクトがありつつも下品にならない色彩は、個性の強いルイーセ様にぴったりでしょう」
うーむ、全く同意だ。彼の興奮した様子やオタクっぽいルイーセ愛には引いてるけども、その鋭い洞察には感心しきりである。
でも、ディープカラーかあ。それだとほんとに、“白”を望んでるルイーセの依頼とは真逆のコスチュームになっちゃうな。
しかし私がまだ決めあぐねている内に、アーベンツはにこっと笑って「では、そういうことでお願いします」と会話を切ってしまう。ちょっとちょっと、私まだ「やる」って言ってないんですけど。
慌てて再度話しかけるも、さっきのルイーセよろしく「ルイーセ様に似合う濃い色合いの衣装、楽しみにしています」と返ってくるのみだ。
むむむ、これはなかなか一筋縄ではいかないイベントのようだぞ。
新着のコミュニケートミッション【“いりしゅあげいと”の新衣装】のタイトルは、ルイーセとライリー、そしてアーベンツ、三人のページに追加されている。つまりこれ、三人ともに関係したミッションなんだ……。
さてはて、どうしたものかね。悩みつつダナマスの街を歩く私は、それとは別にしみじみ思い返したものだ。
アーベンツってあれ、まんまゾエ氏だよね。
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【きまくらゆーとぴあ。トークルーム(非公式)(鍵付)・クラン[国境なき騎士団]の部屋】
[なかもと]
ちょっとだんちょおおおおーーーー!!
何やってんすかああああ!
何ブティックさん相手に日和っちゃってんですか!?
見かけた時点で問答無用で代理執行ぶっぱなす、そうであってこそ国境なき騎士団団長ってもんでしょう!
[イーフィ]
い、いや、国境なき騎士団団長イーフィはそんな過激な男では……
[asuka]
wwwwww
[なかもと]
解釈違いですよ解釈違い!
団長はブティックにびびる余り、あれだけこだわりを持ってやっていたロールがぐらついてます!
[なかもと]
正義とか平和とか本当は関係ない、その場の空気とか中の人の事情とかも知らんこった
このクランはロールプレーと偽善事業によりただただ自分が気持ち良くなるための阿呆と畜生の集まりだって、
あの日団長は教えてくれましたよね?
[hitode]
wwwwww
[みどり]
覚醒なかもとおもろいなあw
[イーフィ]
言ってない言ってない!
俺は断じてそんなこと言ってない!
[hitode]
強いて言うなら3745が言ってたかなw
[3745]
うむ、なかもと君は正しい
立派に成長したようで私は嬉しいよ
[イーフィ]
3745は黙っとれ
[asuka]
なかもと君、某委員長と同じ思想の持ち主かと思いきや真逆の進化を遂げてて草
[なかもと]
3745さん、俺は悔しいですよ
ブティックに歯向かえる命知らずなんて、このきまくら。界で団長くらいなもんなんですよ
そんな団長の潔く清々しき散りざまを一緒にこの目に収めようって、3745さんはそう言ってくれたのに……
[みどり]
wwwwww
[イーフィ]
3745変な訓練施してんじゃねーよ!
[asuka]
まあまあもちつけなかもと
この前テイムした色違いベア、おまえにやるからよ
[なかもと]
要らないですよ!
全然懐かないし性格悪いからってクランの不良債権になってるやつじゃないですか!
[なかもと]
全く団長のこの体たらくと言ったら!
俺はいつ開戦の合図が出されるかとうきうき待っていたというのに……!
[イーフィ]
あんな無防備ににこにこのこのこ「パンダさん撫でてもいいですか~?」って近付いてきた女の子相手に戦争なんてできるかあっ!
[3745]
そうだね、悲しいね、悔しいね、なかもと
でもね、だんちょはあれでも頑張ったほうだと思うよ
そもそもこの前Bさんにテトラルキアぶっ放したのだって、決死の思いで心を鬼にしてやってんだから
[なかもと]
聞きたくない! 聞きたくないです!
国境なき騎士団の団長は! 俺達の団長は……!
己のロールプレーを全うするために無知無知暴走エンジョイ勢ブティックさんをも悪役に仕立て上げ、
コテンパンに叩きのめそうとして寧ろ返り討ちにされる
そんな団長であるべきなんだああああーーーー……!
[イーフィ]
何でそうなるの!?
君、この前と言ってること、180度反転してるよ!?
[hitode]
最終的になかもと君は団長の破滅を望んでるんだねw








