347日目 恋のデスマーチ(2)
ザクロライトのある大洞穴ほどではないにしても、ここも結構広さのある空洞になっている。
所々天然の石柱がそそり立っているためいいかんじに目くらましになっているけれど、注意していると明らかに不自然なプレイヤー達の動きが見て取れた。
ちらちらとダムさん達に視線を送っていたり、複数の人達が後ろ手に何か隠し持っているようなポーズをしていたり。
でも深瀬さんは全く気に留めずハントに勤しんでいるし、バレッタさんとマユちゃんも勘付いたりはしていないようだ。私みたく意識しちゃってると不自然に見えるけれど、そうでなければ演者さん達は上手く景色に溶け込んでいる模様。
そしてついに、パフォーマンスが始まる。
周囲一帯に、音楽が鳴り響いた。
見回すと、複数の人達がいつの間にか手に楽器を携え演奏している。その数凡そ20~30人といったところ。
フルートにバイオリンに小太鼓と楽器の種類は様々で、小さめながらもちゃんとした楽団ってかんじだ。演奏もぴたっと調和してて凄く上手い!
……って思ったけど、よく見たら楽器を奏でる手付きはみんなばらばらの出鱈目、さすがにエア演奏のようだった。多分楽器アイテムの機能で、自動で合奏できる仕組みなんだろうな。
仕込みは演奏だけではないらしく、楽器を手に持たない人達は音楽と共に一斉に動きを止めた。ある人は歩き途中の片足を上げた体勢で、ある人は薬の瓶を口にした体勢で、またある人は幻獣に向けて剣を突き出した体勢で。
……剣の人めっちゃ幻獣に攻撃されてるけど、大丈夫かな。
あ、さすがにちょっと動いて反撃してる。あ、明らかに関係者と思われる人が助けに来た。一難去ったようだけど余計きつい格好になってしまったらしく、剣を持つ手はぷるぷる震えている。
と、コミカルな情景を興味深く眺めていると、演者さんの中に知ってる人が複数いることに気付いた。パンフェスタさんのクランの人達とか、[楽団・劇薬]の子達も混ざっている。
それにあれ、私がよく視聴している配信者さん、あきためさんのアバターでは? えっ、よく見たらぷるぷる剣士さんを助けに来た人達も、ストリーマーチーム[巨人の鐘同盟]の人達じゃん。
すごおーい、きまくら。で目にしたの初めてだよ!
さすがダムさん、一時忘れかけてたけど、腐っても人気配信者。豪華な“お友達”用意してきたなあ。
「えっ、なになに、なんか始まった!」
「ユーザーイベント?」
マユちゃんとバレッタさんは足を止め、不思議そうにきょろきょろ視線を巡らせる。
しかし肝心の深瀬さんは全く意に留めずヒャッハー中である。他のプレイヤーが幻獣から注意を逸らしたのを良いことに、目に付く獣をガンガン仕留めていく。
ぶっちゃけ深瀬さんが周りの敵モブを退治してくれるから、演者さん達もパフォーマンスに集中できてる感がある。けどこれじゃあ、仕掛け人の努力があんまりにも報われない。
流れているメロディが組曲の前奏みたいな、まだ静かな音色だからっていうのもあるんだろうな。
ダムさんは「深瀬さーん。おーい……。あのー……」ってうろうろ呼びかけているけれど、彼女には届いていないようだ。色々哀れ過ぎて涙を禁じ得ない。
けれどついに、深瀬さんの意識がダムさんに戻る瞬間がやって来た。近くにいた敵を粗方片付け終えたからだ。
彼女は一仕事終えた晴れやかな笑みで、ダムさんのもとへ帰って来る。
丁度その時楽団の演奏も序盤を抜けたようで、トランペットが華やかで明瞭なファンファーレを奏でた。そこでやっと、深瀬さんは周りで起きている異変に気付いたようだ。
続いて演奏は優雅で軽やかな曲調へ移る。それに合わせて楽器を持たない演者さん達が二人を囲むように近付いてきて、音楽に合わせて踊りだした。
「え、な、何これ。イベントか何か始まった?」
「そうみたいだね。凄いねえ」
「まあいいや」
『まあいいや』て。『まあいいや』て深瀬さん……!
いや、分かってるよ。
深瀬さんは深瀬さんで余裕ないんだもんね。ウォーミングアップを終え、こっから本番の真剣勝負なんだもんね。
そりゃ、いきなり始まった変なパフォーマンスになんて構ってられないよね。寧ろ煩わしいものとしか思えないよね。
でもあんまりだよ。あんまりにもダムさんが可哀相だ。
こんなにいっぱい人集めて、素人っぽさは拭えないものの「ほえー、いっぱい練習したんだなー」って感想は抱けるくらいの完成度に仕上げてきたのに……!
しかしそんな内情知るよしもない深瀬さんの瞳は、緊張、そして決意を秘めて、爛々と輝くばかり。
しらこ過ぎる彼の演技もどこ吹く風で、深瀬さんはダムさんに向き直った。そして挑戦的に微笑む。
「あの、だ、ダムさん。私、最近また少し、強くなったと思いません?」
「え、そ、そうだね、うん。いやあ、深瀬さんには敵わないよ。全然付いてけなくて、情けないな。誘ったのは俺なのに、はは。俺と君がマッチクエとかで当たったら、ぼこぼこにされちゃうんだろうな」
「は、はい、それはもう、負けませんよ。コテンパンのケチョンケチョンにしてやりますから!」
ああっ、でもでも深瀬さんは深瀬さんで全然挑発が効いてなくて可哀相だ。あんなに真っ赤になって全力で宣戦布告してるというのに、ダムさんたら笑って流すんだもの。
あのかんじきっと、「何事にも一生懸命な深瀬さん、可愛いなあ」くらいにしか思ってないんだろう。
そしてそんな彼からのほほんと、物事の本質に迫る話題が切り出される。
「その服もかっこ良くて凄くイイね。深瀬さんの凛々しさが際立って堪んな、……似合ってるよ」
「ほっ、本当ですか!?」
かーーーーっと、さらに茹でダコのように赤くなる深瀬さん。きまくら。の過大表現システムにより、その頭からは湯気が沸いている。
怒ってる怒ってる、舐められてると思ってめっちゃ怒ってる! いやあるいは、純粋に「きも」って思って怒ってるのかも。
ごめんよ深瀬さん、いっくら本気で作った強キャラ風味衣装とはいえ、この結果は私でも予測できていたの。多分、どんなに見た目を強面にしたって、ダムさんのゆるい笑みは崩せないだろうって。
言った通り、服は『人の実力以上のものを生み出すことはでき』ないから。
でもね深瀬さん、あなたがその真の“実力”を発揮するとき、今日の衣装はきっとあなたの怒りのパッションを輝かせ、ダムさんを絶望の底に突き落とす一助となるはず。
さあ、やっておしまいなさい! 宣言通り、ダムさんをコテンパンのケチョンケチョンにしてやるのです!
――――――と思いきや、会話の矛先は唐突に、私の首筋に突き付けられた。
「実は今日の衣装、ブティックさんに頼んで作ってもらったんです」
「えっ、ブティックさん?」
不味い!
と隠れる間もなく、ダムさんの視線は正確に私を射抜いた。どうやらここにいることは彼には既にばれていた模様。
まあね、ダムさんには「良ければ見に来てよ」なんて言われてるくらいだから、それ自体は気付かれててもどうということはない。
でも私が深瀬さんサイドとも繋がりがあって、しかも勝負服を融通していたというのを知られるのはさすがに……あ、ダムさんへらっと笑った。背中に回された手がこちらに向けて形作るは、サムズアップのハンドサイン。
良かった~、ダムさんの頭がお花畑で!








