251日目 楽団・劇薬(3)
今回私達が挑戦する病める森は、三人にとってはビギナーズフィールドで、私にとってはレベル変動制フィールドである。
この場合フィールドレベルはどれが採用されるんだろ?って疑問だったんだけど、どうやらパーティメンバーの平均に応じて変わる仕組みっぽい。
つまり三人からすれば、私が難易度をそこそこ引き上げてしまうことになる。彼等は病める森がそも初挑戦ということもあり、なかなか苦戦している様子だった。
でも私からすれば、三人が難易度を下げてくれていることになる。
ってなわけで私個人としては、危なげなく冒険ができているのだった。
代わりに幻獣に襲われたときとか、メンバーそれぞれに対するフォローが忙しい場面は多々あるんだけどね。
今のところは何とか対応できている。傘花火で援護したり、ピンチのときは回復アイテムや攻撃アイテムでゴリ押ししたり。
そうやって自分にできる立ち回りでどうにかサポートしていたらば、やがてコミュ症発揮しまくりだったヴェンデル君までキラキラした目で見てくれるようになった。
彼はやはり相当シャイな性格のようで、女の子達のように言葉でヨイショするのは苦手みたい。でも私に対する見方が変わっていくのは、言葉が重くとも態度や仕草で分かった。
素直な三人のワカモノは、私のことをそんなふうに担ぎ上げてくれる。ってなると所詮俗人たる私がね、調子に乗るなって言うほうが無理な話なんですわ。
だってこれっていわゆるアレでしょ? “キャリー”ってやつでしょ?
しかも、される側じゃなくてする側! 遠征でこんな経験できるの、私初めてだよ。
特に最近は遠征ガチ勢の人と絡むことも多くて、上には上がいるんだなあって益々謙虚な気持ちにさせられることが沢山あった。
でも、いたんだ。下には下が。
私より下も、ちゃんといたんだね……!
冷静に考えれば当たり前の事実なのだが、ここのところ上を見ることのほうが多かった。よってニュービーズの濁りのない眼差しは、荒んだ心に潤いを与えてくれる癒しの雨のようだった。
かくして、すっかり乗せられ得意になった私は、【レオニドブリッツ】に連なる大技スキルコンボや、エフェクトが派手な【グラウンドナッツ】を無駄に打ちまくるのだった。
すると女子二人からの称賛は加速し、ついにはヴェンデル君まで興奮気味に近付いてくるようになった。やったあ、攻略コンプリート!
……いや別に、そういうつもりではなかったんだけどね。
っていうかあれ、ヴェンデル君、きみなんか目が据わっちゃってるけど大丈夫? あと急にパーソナルスペース狭くなったね。
ちょっと圧が……。
「凄いですビビアさん、カッコイイ!」
「あ、はあ。どうも。へ、へへ」
「僕きまくら。の実況動画は前からよく視てるんですけど、あんなスキル初めて見ました! もしかしてあれ、ロックスキルってやつなんじゃないですか!? トッププレイヤーたる老師のみが持ってるっていう唯一無二の力……! ビビアさん、あなた実は老師なんでは!?」
「あーっと……。うん、まあ、老師ではあるっちゃあるんだけど、あのスキルは別に違くて、」
「やっぱり! あなたを誘った僕の目に狂いはなかった! すっげー! すっげー! ビビアさん、老師なんだあ」
と、一旦話が無理矢理纏められたところで、ヴェンデル君ははっと我に返ったらしい。彼は毛を逆立てる仔猫のようにびゃっと体を固くすると、ばっと私から距離を取った。
一瞬で真っ白になった彼の顔色は、すぐにまた紅潮しだす。
あー……なんというかこの子、自分が好きなことの話題になると急激に早口になる、典型的なオタク気質なんだなあ……。
若干自分を見ているような感覚もあり、居た堪れない。いつまでも生温い眼差しを送り続けるのも不憫なもので、私はこの空気を払拭すべく話を継いだ。
「えっと……、ヴェンデル君はきまくら。実況視るの好きなんだ? 誰の視たりするの?」
「あ、その、巨人の鐘同盟っていうストリーマーチームがあって……」
「巨人の鐘同盟、私も視てるよ。特にあきためさん視点好きなんだ」
「ほんとですか!?」
再び距離を詰めてくるヴェンデル君。復活したみたいだ。
「面白いですよねー、同盟の配信! しかも全員ゲーム上手いし、強いし、個性もそれぞれ光ってて……! あきためさん、俺も好きです。彼が同盟に正式に所属したのはここ一年くらいのことなんですけど、あの人入ってから空気変わりました。なんかもう、配信者としての姿勢が無敵じゃないですかあの人。言いたいことずばずば言ってくれるから、いい具合にちゃりさんのワンマンになりがちな雰囲気をゆるく崩してくれてるんですよね! ちゃりさんの右腕……いや、懐刀ってところでしょうか。右腕ってなるとくらうどさんかてつぼうさんかで意見分かれると思うんですけど、個人的には最近のナウさんの企画力に脱帽で……!」
お、おう。すまんヴェンデル君、私ファンはファンでもまあまあ俄かなんだ。
そんな個人個人の性格や配信者としての姿勢に通じてるほど詳しくないんだ。グループで企画物とかやってるのも知ってはいるけど、基本そっち系は全然視てないんだ。
何なら最近あの人等に迷惑かけちゃったことがあって、あきためさんの配信からも遠ざかっていたくらいである。
だって好きだった配信者さんに「某さんが独占してたネビュラツリーの件さあ~」とか言われちゃったりしてたら、自分の痛さ加減に悶絶しそうじゃん。
とはいえ、人が好きなものについて真剣に語るのを聞くのは嫌いじゃない。その溢れる熱意と同じ温度を持つことはできないけれど、ヴェンデル君の話は「あきためさんの配信、また覗いてみよっかな」って思えるくらいには興味深いものだった。
「ほんとに好きなんだね。同盟」
「好きです。滅茶苦茶尊敬してます。だから、早く追い付きたくて。……って、あ、」
そこで彼は気まずげに口を噤んだ。先を繋いだのは、これまでヴェンデル君のテンション感に冷ややかな様子で距離を取っていた女子二人組だった。
「同盟みたいな実況者チームになるのがぼく達の夢なんです」
「まだ配信も何も触ったことないんですけど……。きまくら。実況から始めてみようって、四人で計画してて。……あ、もう一人はさっきも話した、今日来れなかった奴のことなんですけど」
「おい、余計なこと言うな」
「別にいいじゃん。君なんかいっつも聞いてもないのに夢語りしてばっかじゃん」
「おまえらに話すのとは訳が違うんだよ」
ヴェンデル君は自分の野望をばらされたことが恥ずかしいようだ。
でも勢いでとはいえ、同盟さんの話をしている過程で私と接するのにも少し慣れてきたらしい。もぞもぞしつつも、彼はその胸の内を明かしてくれた。
「きまくら。でそこそこ強いプレイヤーになれたら、配信を始めてみるつもりなんです。それにマッチクエとかで同盟の人達と対戦する機会もあるかもなんて思うと、なるべく早くレベル上げたくて……」
「そうなんだ、良い目標だね。配信するようになったら教えてよ。私も視てみたいな」
「っ、はい! ……だから今日ビビアさんにパーティ入ってもらってすげー助かりました。それに、色々勉強にもなりました。やっぱ派手なスキルってかっこ良くて画面映えしそうですね! ビビアさん、仕立屋なんですよね? そういうスキルってどんな職業でも取れるものなんですか?」
「え? うん、まあ、そうね。職業は関係ないかな」
そんな話も交えつつ、森遠征は楽しく終了した。受注したクエストは全部遂行できたとのことで、よかったよかった。
別れ際も、[楽団・劇薬]――――彼等のクラン名である。いかにもなネーミングセンスについてはとやかく言うなかれ――――の三人は名残惜しそうに声をかけてくれた。
「ビビアさん、“師匠”って呼んでもいい~?」
「お師匠様、楽しかったです! 良かったらまた遊んでください」
「師匠、今後も楽団・劇薬を何卒良しなに! 老師たるあなたに僕等の行く末を見守っていただきたく!」
うーん、やはりノリが中二病患者のソレだなあ……。でも根が素直で純粋だから、憎めないんだよね。
何だろうこの感覚。痛いんだけど可愛い……痛可愛い?
そして『師匠』と呼ばれて何だかんだ満更でもない自分も、十分同類なわけで。
――――――師匠……師匠だからね、私は。可愛い弟子が大成するよう、応援しなくちゃね!
なんて痛い思考に至るのも、無理のないことなのだった。








