お城へ行こう(2)
「ゼイルは王様を直接お守りする近衛なんですよ」
後ろからエフライムが余計な一言を追加した瞬間に、子供たちが興奮し始める。
「王様と会いましたか?」
「王様ってどんな人ですか?」
思わずゼイルはエフライムを恨めしげに睨んだ。側近中の側近がそこにいるのに。しかも王様本人もそこにいるのに。なぜ、この場で自分が子供たちに説明しないといけないのだろう。
「えっと。えっと…。王様とはよく会います」
その一言に子供たちから歓声が上がる。
「会えるんだっ!」
「凄い」
いや…その王様を守っているのだから当然なのだが…。困り果てたゼイルを救ったのは、この場のことに何も気づいていない、台所で働いている女性だった。
「王様は気さくな方で、お城で働いているものに気軽にお声をかけてくださるのですよ。私も一度、台所で仕事をしていたらお声をかけていただいて…緊張して、何も話せませんでしたけど」
(その王様、ここにいますけどね)
ゼイルは頭の中で女性にツッコミを入れた。
「へー」
多くの子供たちが感心したように話を聞いていたところで、一人の神経質そうな男の子が手をあげた。ゼイルが了承の意を示して頷く。
「あの…王様は、僕たちと同じぐらいの年齢の方だと聞いたんですが…。本当ですか?」
「本当です」
ゼイルが答えている視界の中で、アレスが小さく肩をすくめてちらりとエフライムを振り返るのが見えた。
「僕たちぐらいの子供が王様というのは、どう思っていますか」
この場の和やかな雰囲気のせいか、ずばりと切り込んでくる。大人だったらしない質問にゼイルは一瞬虚を突かれたが、すぐに立ち直った。
「問題ありません。王様は優れた方ですから」
「どう優れているんですか」
これにはどう答えればいいか、困ってしまった。自分よりも剣が強いとか。いや、今はゼイルも経験を積んで強くなったのだ。守る相手が自分より強いなどということは無いだろう。では、何がどう優れているのか。
思わずエフライムに縋るような視線を送れば、かの近衛隊長は面白いものを見るような顔をしてゼイルを見ている。勘弁して欲しい。
その前に座っているアレスは、困ったような顔をしてきょろきょろとゼイルとエフライムを見比べていた。
「えっと…陛下は…」
何か言わなくてはと思うが、焦って頭が回らない。大体、元から回るような頭ではないのだ。
「あのですね」
つなぎの言葉だけを紡いで言葉に困ったところで、アレスがエフライムの服を引っ張るのが見える。そしてエフライムが仕方ないという表情をしてから、彼の柔らかな声がその場に広がった。
「陛下は本当に小さなころから色々な教育を受けていらっしゃいますから、政治のこと、軍事のこと、よくご存知ですよ。その知識や判断力は大人に負けません。またその陛下を助けるために、城には色々な人々が働いているのです。陛下に仕えることは城にいる私たちの喜びです」
ゼイルに向かって、エフライムの軽く組まれた腕の右手の人差し指があがる。貸しが1つという意思表示だろう。
こちらの借りとしてカウントされてしまったことにゼイルはへたり込みたくなった。近衛隊長に借りは作ってはいけない。それは近衛に属するものの共通認識だ。一体、何をさせられるのやら。こういう場での助けなど、貸し借りではないと言いたかったが、それを主張できるだけの強さがゼイルには無かった。いや、きっと誰にもないだろう。
ようやく場が和んできて、城にはどんな仕事がほかにあるのか。普通はどんな一日を送っているのか。そんなありふれた問いが戻ってくる。
子供たちが城門のところへ集まる。お別れの時間だ。ゼイルはほっと息をついた。ふと見れば気づかぬうちに、アレスとエフライムの姿は消えていた。子供たちに気を配っていたつもりだったが、いつ消えたのか全く気づかなかったことに、ゼイルは青くなった。
これは何か言われる。本来なら案内してきた子供が城の中で姿を消すなどあってはいけないことだ。
子供たちを引きつった笑顔で見送った後に、ゼイルはがっくりと肩を落としたのであった。
ヴィーザル王国物語 ~外伝:お城へ行こう~
The End.
お城の雰囲気を出すために使用した挿絵の元は、ロマノフ朝の王宮が美術館になったエルミタージュ美術館です。これぞ王宮という建物の中に素晴らしい美術品が山ほどありました。




